ワクワクするものがたくさん詰まっている、そんなおもちゃ箱のような映画が誕生しました。大きな扉が開かれ出てくる大勢の人々・・・世界で初めての実写映画としてあまりにも有名なリュミエール兄弟の『工場の出口』ですが、この『工場の出口』をはじめとしてフランスや世界各地で撮影されたリュミエールの作品が、次から次に繰り出され映画の楽しさが凝縮された作品、それが今回ご紹介する『リュミエール!』です。

 1895年、ルイとオーギュストのリュミエール兄弟が“シネマトグラフ”を発明し、1895年から1905年の10年間に1422本もの映画を製作しました。フィルムの全長17m、幅35mm、1本は約50秒でした。この作品群から108本を厳選し4Kデジタル復元して1本の映画としてまとめたのが、現在のカンヌ国際映画祭総代表であり、フランスのリヨンにあるリュミエール研究所の所長も務めるティエリー・フレモー氏です。108本の映画を11の章に分類しフレモー氏自身が1本1本にナレーションをつけて、このリュミエール社が遺した作品群を新たに蘇らせました。

 冒頭にも述べた『工場の出口』、扉から出てくる人々はリュミエール工場で働く従業員です。世界で初めての機械が自分の動きを記録するかもしれないと、そう思ったら機械に向かって手を振るなんてことをしてしまいそうなものを、ルイ・リュミエールは彼らにカメラを意識しないようにという指示を出しています。つまり、演出をつけていたのです。しかしプロの俳優や動物が相手なので予測できない動きもあったはず。演出と偶然が重なってできたのがこの最初の映画でした。そして、この作品にはなんと3つのバージョンがあるのですが、服装が違ったり、馬車や犬、自転車の有無などが微妙に異なります。同じテーマを繰り返し撮る、自作リメイクの多さでも知られるマキノ雅弘監督に先立つこの時既にリュミエールがリメイクを行っていたとは驚嘆します。
 ベトナムのある村の様子を映した『ナモの村落』では、カメラを後退移動させ、現地の子供たちがカメラを追いかけてくる様子を生き生きと切り取っています。この他の作品でも前進移動や後退移動、横移動、縦移動に加え、船や列車などの乗り物の中に撮影機材を置いたりと、様々なカメラの動きが見られます。
 マーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』への愛情溢れる引用も記憶に新しい『ラ・シオタ駅への列車の到着』では、リュミエール家の別荘があったラ・シオタの駅のホームにリュミエール家の人々を出演させたり、到着する列車を画面に収まるように対角線上に配置した構図になっています。車に轢かれた男を元に戻すといったトリック撮影を駆使した作品もあります。演出やカメラワーク、考え抜かれた構図、撮影場所の選定など、50秒の中で伝えられる事柄をふんだんに盛り込むリュミエール社の作品、現在につながる映画の原点がここにあったのです。
 こうしたリュミエール社の映画は、アレクサンドル・プロミオ、フランチェスコ・フェリセッティ、フェリックス・メスギッシュ、シャルル・モワッソン、マウリス・セスティエ、そして日本でも撮影を行ったガブリエル・ヴェールやコンスタン・ジレルなどの撮影技師が世界各国へ派遣され撮影したものもあり、当時の人々の姿を生き生きと映し出し今に伝えています。彼らの多くは20代の若者であり、撮影から上映までを自らの手で行うこともできたと言います。リュミエール兄弟が作った映画のはじまりを、数十人の撮影技師たちがシネマトグラフと共に世界を旅し普及していったのです。日常的な生活の風景から、異国の人々、動物、風景にいたるまで変化に富んだ映画がそこにはあります。
 映画評論家の淀川長治氏の両親はシネマトグラフによる映画が初めて日本で公開された1897年に神戸での上映を見て、その時の興奮を繰り返し語って聞かせたというエピソードも残っていますが、『リュミエール!』に登場する作品を見ると、当時の観客たちがこれらの映画に始めて出会った驚きや感動が想起され、こちらまで胸が高鳴ります。

 去る10月27日には映画美学校マスタークラス「現代映画としてのリュミエール」として、ティエリー・フレモー氏と黒沢清監督の特別対談がありました。司会は日本大学芸術学部教授の古賀太氏が務め、黒沢監督が『リュミエール!』を構成する108本の中から14本を選び上映、リュミエール談義が交わされました。始めに「もしこれまで一本もリュミエールの作品を見たことがないという人がいたら、今日こそまさに映画が誕生した日になるでしょう。映画はこうして誕生したというのが、これほど強烈に伝わる映像もありません。」という黒沢監督の言葉が印象的でした。

 フレモー氏はこのイベントで『リュミエール!』ついて、「リュミエールがやっていたことの真似事はしたくないと思いました。真似ではなく、リュミエールの映画を使った一時間半の長編を作る、そして映画館でかけるということをしたかったのです。」と語ります。

 10月末より公開中の『リュミエール!』、何よりもまず映し出されるそのもの自体が理屈抜きに面白いのですが、そこにフレモー氏のユーモア交えた解説が加わることで約120年という時間的距離をぐっと縮めます。更に、リュミエール兄弟と活躍の時代も重なるカミーユ・サン=サーンスの優美な音楽が映画の幸福感を高めているですが、カミーユ・サン=サーンスは世界初の映画音楽「ギーズ公の暗殺」(1908)の作曲家としても知られており、はじまりの原動力というものを意識せずにはいられません。

映画の伝道師とも言えるフレモー氏が、『リュミエール!』を通して現代の私たちに新たに扉を開いてくれました。

『リュミエール!』
10月28日(土)東京都写真美術館ホール他全国順次公開
公式ホームページ:http://gaga.ne.jp/lumiere!/
監督・脚本・編集・プロデューサー・ナレーション:ティエリー・フレモー
プロデューサー:ベルトラン・タヴェルニエ
音楽:カミーユ・サン=サーンス
配給:ギャガ

参考文献
「リュミエール元年 ガブリエル・ヴェールと映画の歴史」蓮實重彦編 筑摩書房(1995)
「映画伝来 シネマトグラフと〈明治の日本〉」吉田喜重 山口昌男 木下直之編 岩波書店(1995)
「淀川長治自伝〈上〉」淀川長治著 中公文庫(1988)

鈴木里実
映画に対しては貪欲な雑食です。古今東西ジャンルを問わず何でも見たいですが、旧作邦画とアメリカ映画の比重が大きいのは自覚しています。