アメリカ合衆国ニューヨーク市に所在する公共図書館を映した『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』は、ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン監督による作品だ。ニューヨークの公共図書館は、観光地としても有名な本館の〈スティーブン・A・シュワルツマン・ビル〉、研究図書館、88の分館による計92の図書館で構成されている。この映画ではそれらを、ワイズマンらしい手腕で淡々と、しかし確かな情熱を持って映し出している。彼が映した公共図書館は、一体どのような顔をしているのだろうか。

© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

 冒頭に登場するのは、図書館のオーソドックスな利用者、例えば本を読んだり借りたりする人たちではなく、イギリスの進化生物学者リチャード・ドーキンス博士による講演の様子だ。図書館で行われているその講演は、アメリカにいる無宗教者の話題から始まる。彼によると、実はアメリカ国内では無宗教者こそ多数派であるということが忘れられており、彼の財団はその事実をオープンにしようとする活動を行っているそうだ。さらに彼は、真実を愛することの大切さを語り、無知への抵抗や過去の作家や作品から知識を得ることの意義を示す。おそらく、これを最初に映すことが、ワイズマンの公共図書館に対する態度を表明しているのだろう。つまり、図書館が蓄積している知や機能、関わる人々から、図書館の真実を見出していくという宣言なのではないだろうか。
 実際に、次の場面から多種多様な図書館の機能やそれに関わる人々の姿が映し出されていく。例えば、司書たちの電話対応、民間と政府の出資によって成り立つ公共図書館の次年度方針を決定しようとする幹部たちの会議、子どもたちの教育プログラム、詩人の公演、ピクチャー・コレクションの利用方法を学ぶ学生、読書会の様子、舞台芸術図書館における手話通訳者の講義…。また、驚くことに、ミュージシャンのエルヴィス・コステロの対談までもが登場する。そのほか、パソコン講座や点字の読み方の指導、ダンスワークショップに参加する高齢者たちなどの様子からも、図書館という場所に対して普段持つイメージがどんどんはがされていくのである。
 こうして、ニューヨーク公共図書館とは、多様な使い方、多様な運営者、多様な利用者によって、いくつもの顔を持った民主的な施設だということを強く体感する。そして、どの人物もそれぞれの個人的な情動によって図書館に関係しているということがわかり、彼らのエネルギーを感じられる映画となっている。
 映画の中盤、ミッドマンハッタン分館の運営役員の女性がこう語る。「大切な視点として、図書館は本の置き場ではありません。単なる書庫と思われがちですが、図書館とは人なんです。知識を得たいと思う人々が主役。そのために本があり、そのために様々な方法があります」。

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 その他に、「黒人文化研究図書館」が90周年を迎えたことを祝うパーティの様子や、幹部たちがホームレスの図書館利用について議論する場面も映し出される。この映画が映し出すひとつの課題は、マイノリティと図書館の関係性だ。歴史上差別されてきた黒人たちの知識や事実を蓄積し、参照するのに図書館は役立ってきた。そのことは繰り返し映画の中で示されており、そのことに対して彼らが持つ誇りもまた、感知することができるだろう。こうした「誇り」こそ、ワイズマンがまなざしを向けた知的な施設のひとつの性質であるように思える。そして、この作品もまた、何度もニューヨークを撮ってきたワイズマンにとっての「誇り」でもあるのかもしれない。そのことが直接示されるわけではないが、やはり12週間もの長い期間、図書館に密着した彼に、図書館に対する巨大な情熱があると言っても過言ではないだろう。
 しかし一方で、アメリカ社会にはまだ格差や差別は根強く残り、そのことに対して図書館がどのようにコミットできるのかは議論の途上にある。例えば、ホームレスの利用の問題もまた、課題のひとつとして議論される。多様性を基盤とする民主的な施設が、どのように課題について立ち向かおうとしているのか、それを知ることは公共施設がどのようなものでありうるか、さらにいえば民主主義とは何かを考える一つの端緒となるだろう。
 この映画のタイトルとなっている「エクス・リブリス Ex Libris」は、「~の蔵書より」という意味であり、転じて「蔵書票」そのものを示す言葉でもある。つまり、それは本の持ち主が誰かを示す。では、本は、知識は、図書館は、誰が持ち主であるのだろうか。ぜひ劇場で確かめてほしいと私は思う。

5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー!

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン 
原題:Ex Libris – The New York Public Library|2017|アメリカ|3時間25分|DCP|カラー 
配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ
HP:http://moviola.jp/nypl/
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=wYoCeAtNqKc

川本瑠
96年生まれ。大学で演劇に没頭し、俳優活動などを行う。現在は文化の豊かさのための場を作ることを模索中。映画における身体性に興味があります。会社員として働きながら、知識を摂取する時間を日々なんとか確保するために奮闘しています。