「無知は罪ではありません」。冒頭の場面、図書館で行われた講演会の中で『利己的な遺伝子』『神は妄想である―宗教との決別』等の著作で知られる進化生物学者のリチャード・ドーキンスが語る言葉は印象的だ。ニューヨーク公共図書館、数々の映画のロケ地にもなり、ニューヨークを代表するランドマークの一つでもある、この歴史ある図書館の幅広い日常業務がノーナレーションで描かれるこの作品を通して見えてくるのは、「単なる書庫」にとどまらず、いかに多くの人に学ぶ機会を与えるか、という積極的な図書館の姿勢であり、貴重な資料を数多く所持する図書館(とてつもなく価値のある資料が、実にさりげなく映される)が、そのリソースを多くの人に開放すべく努力する姿である。さまざまな人種、さまざまな職種の職員たちが、真摯に、かつ極めて現実的に、図書館の方針を検討していく姿は、反知性主義が横行するこの時代に、本来あるべき知性を示しているようで、見ていて清々しい。

 3時間を超えるこの作品の中では、図書館で行われる多様なイベントの模様が映される。それは単に書物に関するものにとどまらず、職業紹介の場であったり、パソコン教室であったり、点字の読み方を教える講座であったり、著者を呼んだ講演会であったりと、実に多岐にわたっており、図書館の取り組みの幅広さに圧倒される。そして同時に、図書館内での生々しい会議の様子から、それらの取り組みが、熱意を持って仕事を行う職員たちの努力によって支えられていることを伺い知ることができ、実感する。これらの図書館の知的な取り組みが、決して机上でなされたものではなく、実際に行動する生身の職員たちによってなされているのだということを。

 分館で行われた館長によるスピーチの中で、黒人女性として初めてノーベル文学賞を受賞したトニ・モリスンの「図書館は民主主義の柱」という言葉が紹介される。この作品は、図書館とそこで働く人々を撮影した、実に静謐な作品であるが、その底には、知性そして民主主義への共感が流れている。実際、この作品の中には、エルヴィス・コステロやパティ・スミスなどの著名人も登場するのだが、彼らの登場シーンが特に大きく扱われることはない。他の講演者や自分の意見を述べる一般の利用者とあくまでも同等の扱いである。「有名だから」「世間的に評価が高いから」という価値観にとらわれず、全てを並列に映し出す。そこにメッセージが生まれる。知的な爽快感に溢れた作品である。

5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー!

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン 
原題:Ex Libris – The New York Public Library|2017|アメリカ|3時間25分|DCP|カラー 
配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ
HP:http://moviola.jp/nypl/
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=wYoCeAtNqKc

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佐藤更紗
国際基督教大学卒。映像業界を経て、現在はIT業界勤務。目下の目標は、「映画を観に外へ出る」。