『スワッガー』Swagger (84分、フランス、2016年)

  監督:オリヴィエ・パピネ

フランス郊外に建ち並ぶ集合住宅がドローン撮影によってその全体像を映し出され、そのままドローンカメラが接近しひとつひとつの部屋に住む人たちが、まるでヒッチコックの『裏窓』のように次々と映し出されていくシーンによってこの映画は始まる。そこに重ねられたモノローグによって、観客はこの「シテ(都市)」がオルネー=スー=ボワという特に貧困層の多い劣悪な環境の地区であることが明かされるのだが、ドローンによる映像は、この地区に住む人々に埋め込まれた、犯罪を取り締まろうとする権力の視線であるかのようにも見える(実際、劇中ではまさに小型ドローンによって監視される未来が想像されて描かれていた)。このモノローグを引き継ぐかたちで一人一人の登場人物が自分の身の回りの物語を語り、ときには生活の様子がシーンとして挟まっていくことで映画は進行する。

誇張して言いたいわけでもないのだが、前情報を入れずに見始めてしまったためか、この作品がドキュメンタリー映画であることにはじめは気づかなかった。なぜ敢えてこんなバカな自分の勘違いをここで告白しているのかというのは、そのドキュメンタリーらしくなさが、この作品の大切な質感を捉えているかのように思えたからである。『スワッガー』はインタビューのシーンをメインにして進むのは確かだが、どことなくドキュメンタリー映画特有の緊張感に欠けている。登場人物たちは自分の口から雄弁に物語を語り、そして明らかに演出し尽くされた日常の風景(ときにはフィクションでさえも)が挿入されることで、その語られた物語がどんどん前に進みながら、そこに住む生徒たちの生活や人間関係が見えてくる。ここには真実を明らかにしようとカメラで被写体に迫っていくような緊張感が欠けている代わりに、カメラの前で自身の物語を語り、自身の人生を演じ直す生徒たちが描かれているように見える。ただしそこには、演技を超えた真実を引き出そうとする、演技をしていることそのもののドキュメンタリーといった感触も感じない。


今回の映画のきっかけになったのは、監督のオリヴィエ・パピネがミュージックビデオの撮影をしていたときに、オルネー=スー=ボワの学校の教師と出会ったことであるという。それがきっかけで監督は学校の生徒たちと短編映画のWSをともに行い、本作の制作に至ったのである。この映画は基本的に生徒たちの声で「シテ」に生きる人々の物語が語られていくことになるのだが、監督はあらかじめ質問事項を生徒たちに明かすことなく、そして全員に同じ質問をしたという。それが理由であろうか、ある生徒の発言が他の生徒の発言と呼応し絡み合いながら多角的に歴史が語られていく、ある種の叙事詩のようにこの映画が感じられてしまったのである。(もともとミュージックビデオの撮影を行っていることも関係するであろうが)そんなこともあって、ドキュメンタリー映画のリアリズムというある種の固定観念に囚われずに、自由に生徒たちと表現を行っていくところが、僕がこれを劇映画かもしれないとはじめは疑ってしまった原因かもしれない。

ーフィクションを導入することで社会の固定観念を打破できているように思います。

オリヴィエ そうですね。同時に、わたしはフィールドに出て観察し、学校生活を経験したかったのです。そうすることで公正な目線を持とうと努めましたし、幻想化しようとしたわけではないのです。

(プレス資料より)

このように語る監督はあくまでも綿密なリサーチに基づきながら、そこに生きる人々たちの視線が主観的なものも交えながら複雑に絡み合って成立している社会の姿を描こうとしている。この映画にとって重要なのは、ある過酷な都市生活を生きるものたちが孕む複雑な視線の交錯を描きながらも、そこに真実らしい悲惨さを見て取るのではなく、彼らが自分たちに向けられる視線をコントロールしながら自分の人生を生きていく姿を描くことである。すなわちそれは、映画が彼らの道具となり、自分を演出しながら希望に溢れる生のビジョンを作り出すことなのではないか。もはやそこではドキュメンタリーであるかどうか、というジャンル分けの問題はどうでも良いものとなっている。新たな語りの形式が、人生の希望を提示する方法として現れてきていることにわたしは驚いてしまったのだ。

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まだまだ期間中は、12本の長編映画と、11本の短編映画も無料配信されています!
また、2月2~4日にはアンスティチュ・フランセ東京にて、映画祭配信作品の上映も予定されていますよ。

【第8回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル】
開催期間 :2018年1月19日(金)~2月19日(月)
料金 :長編映画-有料(各配信サイトの規定により異なる)、短編映画(60分以下)-無料
配信サイト:青山シアター、アップリンク・クラウド、VIDEOMARKET、ビデックスJP、DIGITAL SCREEN
短編のみ :GYAO!、ぷれシネ
長編のみ :iTunes、Google Play、Microsoft Store、Amazon Instant Video、Pantaflix
※配信サイトにより配信作品や配信期間が異ります。
公式サイト www.myfrenchfilmfestival.com
アンスティチュ・フランセ東京
http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema18020204/
indieTokyoのメンバーによるレビューブログも続々と続きますよ!お楽しみに!

 

三浦翔、東京大学大学院修士、映画雑誌NOBODY編集部員、舞踏公演『グランヴァカンス』大橋可也&ダンサーズ(2013)出演、PFF 2016入選など、映画やインスタレーションアートなどを通して政治と芸術の問題を主な関心とした制作活動を行う。