[東京フィルメックス日記 2018④](鳥巣)

現在、1117日より開催中の第19回東京フィルメックスにて、1123日に鑑賞した作品「アイカ」「エルサレムの路面電車/ガザの友人への手紙」をご紹介したいと思う。

 

「アイカ」

ロシア、ドイツ、ポーランド、カザフスタン、中国 / 2018 / 100
監督:セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ (Sergei DVORTSEVOY)
配給:キノフィルムズ

『トルパン』(08)でカンヌ映画祭「ある視点」賞を受賞したセルゲイ・ドヴォルツェヴォイの新作。モスクワに働きにきたキルギス人女性の過酷な日々を手持ちカメラの激しい映像で見せる。主演のサマル・エスリャーモヴァがカンヌ映画祭最優秀女優賞を受賞した。

カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲った作品ということで、個人的にはかなり注目をしていた。

冒頭からなかなかパンチのきいた映像が繰り広げられる。主人公であるキルギス人の女性アイカは病院から体を張って逃走するのだ。違法労働者である彼女は、借金を返すため、ぎりぎりの生活を続ける。次に何が起こるかわからない緊張感のあるストーリー展開、手持ちの揺れるカメラに心をもっていかれる。監督曰く、本来は雪の季節に撮る予定ではなかったそうで、季節の過酷さがまた追い打ちをかける。先の見えない日々のなかで、アイカが見つけ出した結果とは。。

上映終了後のQAでは、様々な質問が飛び交った。

ストーリー、人物設定はどこからきたのか?との質問に「モスクワで250人ほどのキルギス人の女性たちが子どもを産んで捨ててしまっているという記事からアイディアが浮かんできたのです。私は中央アジアで生まれ育ってきているので、キルギス人の女性たちは家庭を重視するのでそういう人たちではないのです。そういうことが起きているのを不思議に思って、このストーリーを考えつきました」と述べた。

主演の女優はどのように起用したのか、演技の演出はどういったものだったのか?との質問に

「この女優は前作「トルパン」に出演した女性で、今回も起用しました。彼女のことをよく知っていたので、シナリオを書いた時点で絶対に彼女でなければと思いました。普通の女優さんでは演じられない、彼女しかできる人はいないと思いました。この役を演じるにあたって、彼女はやることができるのか、非常に心配をしていました。逆にその心配をしている姿を見て、彼女ならできると確信しました。演出に関しては説明するのが難しい。すべてが異なるシーンなので、それぞれのモチベーションや感情をコントロールするのは難しいので、彼女と考えながらやりました。特に今回は肉体的にハードなシーンが多かったので、そのあたりの体調コントロールからはじめました。なので皆さんご覧になってわかると思いますが、とてもリアルな姿というのを感じることができたと思います。彼女は結婚もしていませんし、子供もいないので、不安なこともたくさんあったと思うんですね、未知の領域が多かったわけですが、彼女は期待に応えてくれたと思っています」と述べた。

撮影監督について「ポーランド人の撮影監督で、非常に昔から知っている人です。「トルパン」の撮影もした女性の撮影監督です。今回は手持ちが多く、彼女のもっていたものより小さいカメラになりますが、実は私も6割ほど撮影しています。台詞の少ない映画だったので、出てくる人たちの目の動きがとても重要でした。カメラを近づけて撮る、目の中にあるものを映すというのが重要だったと思います。限られた環境でカメラで追いかけて撮れるという技術をもってくれていたのが有難かったです」と述べた。

デジタルで撮ったのか、フィルムで撮ったのかについて「今回は16ミリのフィルムとデジタルと半分半分です。なぜ今回フィルムを使ったかというと、今回雪のシーンが多かったからです。デジタルは実は雪というのを撮るのが苦手で、特に雪の降っているところから中に入っていくところなど、コントラストの激しいなかで、デジタルではまだまだ追いかけていけない部分があるので、今回は16ミリを使いました。当然ですが地下鉄のシーンのようなところでは16ミリの大きいカメラなんて持ち込めないので、ブラックマジックというポケットカメラで撮りました。」

あれだけ動きのある映像をフィルムで半分撮っていたとは、本当に驚いた。また個人的には、アイカが動物病院で働くシーンがあるのだが、監督の意図と全く違うだろうが、飾らない動物たちの姿に和んだ。ケージから出されたままの猫は、知らない者同士威嚇しあい、カメラに慣れていないのだろう、カメラに対してもニャーゴと威嚇する。体の弱った母犬は傷口から血が出ているまま、連れてこられた子犬たちに授乳する。その時の子犬たちの無邪気な美しい瞳。日本ではありえないだろう、修正のない自然の姿を動物たちからも感じとることができた。人を描くうえで大切にしていることが、動物にも生きているのである。

また気づいたこととして、本作の出資には中国も含まれている為、自国の政治批判をする表現者に対しては弾圧をするが、他国の実情を描いたこうした作品には投資を許すのだなと思った。

本作はキノフィルムズ配給による国内上映が決定している。公開日がまちどおしい。

 

 

 

「エルサレムの路面電車」

イスラエル、フランス / 2018 / 90
監督:アモス・ギタイ(Amos GITAI

様々な民族がモザイク状に混在して居住するエルサレムを東西に走る路面電車を舞台に、オムニバス風に緩やかにつながる幾つかのエピソードをコミカルに見せる作品。マチュー・アマルリックが外国人観光客の役で出演している。ヴェネチア映画祭で上映された。

電車内で出会う人々の会話が作中の多くを占める。それぞれが個性的で同じ形式をとっていない。総勢36人からの男優、女優から構成され、ヘブライ語、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語

、アラビア語、イディッシュ語の7つの言語が話される。監督の人種の壁を隔てない意識がそのまま表現されたかのようだ。

個人的に印象的だったのは、マチュー・アマルリック扮する旅行者とその子供が車内で出会ったイスラエル人夫婦に海や美しい景色の話を持ちかけるシーンだ。

彼が「こんなに美しいものなのですね」と話しかけると、イスラエル人の女性は「それより軍隊が素晴らしいんです、人口が少ない分、みなそれぞれがとにかく素晴らしい」と誇らしげに語る。「やられたままではいないし、とにかく素晴らしい軍隊なのです」と付け加える。

彼が「そうですね」と応じつつも、景色のことを話したい為、もういちど景色のことをほめるが、女性は折れず、何より軍隊が素晴らしいと話す。

その剣幕におされ、「景色の話をしませんか?」と発する旅行者。雰囲気が悪くなり、彼はその場を立ち去るが、女性と連れの夫は不満そうだ。しばらくすると頬を寄せ合って抱き合う。

イスラエルは兵役があるし、自国の軍隊というものにものすごい誇りをもっているのだろう。それがないという設定がないし、ないことに当たり前を感じる平和の意識が、もしかしたら生まれた時からないのかもしれない。

また、マチュー・アマルリックはフランスの名俳優で優しさや男のだらしなさ、色気を表現できる素晴らしい俳優だが、彼のもつ人懐っこさやゆるさが、緊張感のあるイスラエルという国に混ざる異邦人としてのイメージを和らげ、作品を見る者にこの世界観を受け入れやすくしていると感じた。

「ガザの友人への手紙」

イスラエル / 2018 / 34
監督:アモス・ギタイ(Amos GITAI

イスラエルによるガザ封鎖の過激化を受けて発表されたドキュメンタリー。イスラエル、パレスチナの俳優たちとギタイ本人がパレスチナ問題をめぐる様々なテキストを朗読し、コラージュされたガザの写真や映像がオーバーラップする。ヴェネチア映画祭で上映。

アモス・ギタイ監督の直近の最新作。ひたすら荘厳なムードのなか、文章が読まれていく。短編のドキュメンタリーだが、監督の訴えたいメッセージが強く伝わる作品だ。

上記の2作品は一緒に上映された。上映前も後も、アモス・ギタイ監督は挨拶に現れてくれた。

エルサレムの路面電車で撮影するということで、大変だった面は?との質問に「現在のイスラエルの状況はかなり緊張状態だったが、最初にこの作品を作ろうと思った時に声をかけたイスラエル人、パレスチナ人、マチュー・アマルリックのような海外からきた俳優たちはみなOKしてくれたのは幸福なことだった。だからある意味でこの作品の撮影現場は、皆が話し合う場になったといえる。」と述べた。

撮影がエリック・ゴーティエだが実際に路面電車の中なのか、セットの中なのか?との質問に「実際に車両の中で撮影しています。イワシの缶詰のような小さなスペースの中で、映画をすべて撮らなければいけなかったので、決して簡単なことではありませんでした。でもあちこちから来ている人たちがたまたま乗り合わせた車両の中にいる、それがエルサレムというものの象徴になっていると考えるわけです。この映画はある意味楽観的な将来像を描こうとした映画だといえます。世界中からイスラエルという国に人が集まり続け、そこで小さな衝突はあるにせよ、何かしら共存することはできるのではないか、今のように激しい暴力や憎しみをぶつけるのではない存在のしかたというのは、将来にはあり得るのではないかと思いながらつくった作品です。

そしてこの映画をつくれたことに対して、すべての男優、俳優たち、そしてエリック・ゴーティエに感謝したいです。エリック・ゴーティエは時にはニコール・キッドマン主演の「グレース・ケリー」のような大作も撮りながら、一方で私たちのような小さな作品も喜んで引き受けてくれました。」と述べた。

エルサレムのポートレートといえる作品だが、様々なエピソードがあるがそれはすべて監督が経験したことなのか、それとも想像をして書いたのか、フィクションとノンフィクションの割合はどのくらいか?との質問に「大部分はフィクションです。でもモザイクのようなもので、ジョン・カサヴェテスが「フェイシズ」という作品で色んな顔を集めて作品をつくった、そのような感じだと思います。そうすることですべての人間を含めることができる。 エルサレムに行かれるとわかると思いますが、非常に歴史に満ち溢れた街です。3000年の歴史がありますし、世界最大の3つの一神教が、ある意味で同じ場所を聖域だと見なしている、存在している、そのなかで様々な歴史の層、宗教の層が集まって、それがほんの1キロメートル四方の小さな町に集中している、そのなかで3つの宗教いずれもが支配しているわけではないという状況のなかで、非常に複雑な歴史の厚みをもった街を電車におきかえて表現している作品だといえます。」と述べた。

監督は最後に「最も難しいのは、自分のことを常に再発明していくことが大事だ」と述べた。「カンヌ国際映画祭などのレッドカーペットに惚れ込んでしまうことがないように、タキシードではなくTシャツを着なおして、仕事に行くということが大事なんだと思います。映画祭の栄誉は栄誉としてもち、自分に対して厳しくあろうとし常に心を開いていないといけない、この映画を撮ることができて幸せだったのは、普段だったら隣り合わせにすることがないような人たちを隣同士にすることができた。正統なイスラム教の宗教の場合、男性が女性の隣に座ることはできないのに、座らせることができた、イスラエル人とパレスチナ人が出会うことはないのに、出会わせることができた、そういった異なった文化、異なった宗教をもつ人たちを一緒にすることで対話の場所が生まれる、そんな対話の中から作品が生まれてくるということが、私たち映画を撮る人たちにとってとても幸福なことだったと思います。」というのがとても印象的だった。彼くらい年を重ね、社会的立場を築いても、自身を見つめ、心を開くというシンプルなあり方をもっていられるのは、なかなかできることではないだろう。人としてとても尊敬の念を感じた。

東京フィルメックスは1125日まで、有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日比谷にて開催中です!

 

鳥巣まり子

ヨーロッパ映画、特にフランス映画、笑えるコメディ映画が大好き。カンヌ映画祭に行きたい。現在は派遣社員をしながら制作現場の仕事に就きたくカメラや演技を勉強中。好きな監督はエリック・ロメールとペドロ・アルモドバル。

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