今年で18回目を迎える東京フィルメックス(11/18~11/26開催)、毎回個性的な作品や、日本での上映機会に恵まれなかった旧作などを上映するこの映画祭のレポートを少しずつお届けします。まずは1回目、11/19(日)の日記です。

11月19日(日)
◆『山中傳奇』Legend of the Mountain
 (台湾/1979/191分/監督:キン・フー)有楽町朝日ホール
 今年のフィルメックスにおける個人的目玉からのスタート。現在国内で出ているソフトは約2時間バージョンで、これは私も持っているのですが画質が粗く自宅で見ていると猛烈な眠気に襲われるシロモノです。が!今回はなんと2016年のヴェネチア映画祭で上映された191分バージョンのデジタル修復版!見ない訳にはいきません。しかし、観客の入りはおよそ8割…。今後の上映もソフト化も予定されていないのに、それでいいのか東京のシネフィルよ、今見なくていいのか、と一人嘆いていました。
 さて、気を取り直していよいよ上映開始。写経の依頼を受けた男が静かな場所で仕事をする為に山奥の城跡に部屋を借り、そこで奇怪な出来事に遭遇して…。という幻想的な作品です。まず、画が鮮明!もう私の知っている『山中傳奇』ではありません。2時間バージョンではカットされていた過去の事件が数多挿入されています。しかし一番驚いたのは、キン・フー作品でお馴染みの杉本哲太似シー・チュン演じる主人公の男が、これまたキン・フーの『俠女』でも知られている目力も戦闘能力も並外れたシュー・フォンと出会うまでが、長い!そして、キン・フーと言えばワイヤーアクションを期待するところですがこのアクションシーンが始まるまでが更に、長い!早くシュー・フォンを、そしてアクションを見せてくれと、何度懇願したことか。神がかった美しいショットがあるかと思えば、あれ、雑?と思ってしまわずにはいられないショットもあり、一筋縄ではいかないキン・フーの奥深さを思い知りました。フィルメックスのプログラム・ディレクター市山尚三氏が上映後に紹介されていたキン・フー読本「キン・フー武侠電影作法」を早速注文したので読んで出直してきます。
 上映後には劇中に可憐な幽霊役で出演していたシルヴィア・チャンさんのQ&Aが行われ、キン・フー監督や撮影中の思い出を語ってくれました。撮影は韓国で『空山霊雨』と並行して行われ、また、小道具でこれだ!と思うものが見つかるまでは撮影を始めないという監督のこだわりにより撮影が中断したこともあったそうです。現在は監督としても活躍されるシルヴィア・チャンさんはキン・フー監督に深い愛情を持ち、監督と役者以上の師弟関係であると思っているということや、「選ぶのはシンプルなストーリー(テーマ)でいい。そこから自分の映画を作りなさい。」と言われたことを良く覚えている、とも語っていました。

◆『泳ぎすぎた夜』The Night I Swam
 (日本・フランス/2017/79分/監督:五十嵐耕平、ダミアン・マニヴェル)有楽町朝日ホール
 雪に覆われた青森のある町で、6歳の少年が魚市場で働く父親に絵を届けるためにたった一人で冒険をします。通学路をいつもとは反対方向に曲がり、雪の中をさまよい、電車に乗り、果たして少年は父親に絵を届けることができるのか。
 台詞はほとんど無くとてもシンプルな映画で、何と言ってもこの少年を演じた古川鳳羅(たから)君の魅力が炸裂しています。たから君ありきの作品。深く積もった雪の中をこの少年が歩いていく様や、まるで演出とは思えない、うたた寝のシーンはそれだけで見入ってしまいます。たから君のポートレートのような映画を目指していたという五十嵐監督、「コントロールをしてしまうと自由さ、豊かさ、運動を奪ってしまうので、彼のやりたいことを観察して脚本に組み込んだ」と言います。
 観客からのはじめの質問では「なぜスタンダードサイズなのか、また、暗幕が開いた状態で左右に黒味が入っているのはなぜなのか。」とナイスな問いかけ。そうなんです、スタンダード、そこ!私も気になっていました。マニヴェル監督は、「子どもは小さいから小さいフレームに入るし、この4:3は、風景を撮りながらも子どもの絵みたいだと思った。だから子どもの絵みたいな映画を作りたかった。」と答えます。また、黒幕を4:3のぎりぎりまで持ってこれないのはその部分にスピーカーがあるからだそう。ということは、朝日ホールで上映されるスタンダード作品は今後も幕で仕切られることはないということですよね。はい、覚悟ができました。
 実はもう少し短くした方がタイトで良いのでは、と思っていましたが、少年の、家から魚市場までの距離のある冒険を一緒に体験するには必要な長さであり動きを見せてくれたのかもしれないと気付きました。
『泳ぎすぎた夜』 公式サイト

◆『ジョニーは行方不明』Missing Johnny
 (台湾/2017/105分/監督:ホァン・シー)TOHOシネマズ日劇
 『泳ぎすぎた夜』のQ&Aがぎりぎりまであったので急いで朝日ホールを後にし、一つ下の階の日劇にせかせかと移動する観客の群れに加わりセーフ。ホウ・シャオシェンのアシスタントを務めていたホァン・シー監督のデビュー作であり、クレジットにはホウ・シャオシェンの名前もありました。
 ジョニーという男にかかってくる間違い電話の対応をするうちにこのジョニーが気になってくる若い女、恥ずかしがり屋の労働者風の男、自分の世界に生きる純朴な青年という、台北に住む3人の男女を描いた物語。あれ、この恥ずかしがり屋の男、どこかで見たことがある、と思っていたらかつて『牯嶺街少年殺人事件』(1991/エドワード・ヤン)で主人公チャン・チェンとつるんでいた男の子であり、『カップルズ』(1996/エドワード・ヤン)でも重要な役どころで出演していたクー・ユールン(柯宇綸)!信頼できて仲良くはなれるけどなかなか恋愛に発展しない雰囲気の男、という見事なはまりっぷりです。この男、名言を残すので注意して見てください。
 それぞれに孤独を抱えながらも生きる人間、と書くとありきたりで味気ないのですが、その有り様が生活に寄り添って細やかに描写されるので胸にぐっとくるものが。何より心に残ったのがエンドクレジットに入る直前の、高速道路で起こるハプニングを描いたシーン。これは感想を共有したい!11/22(水)に今度はQ&A付きでの上映があります。

第18回東京フィルメックス 公式サイト

鈴木里実
映画に対しては貪欲な雑食です。古今東西ジャンルを問わず何でも見たいですが、旧作邦画とアメリカ映画の比重が大きいのは自覚しています。