11月26日(日)
あっと言う間に最終日になってしまいました。昨日に引き続き今日も朝から重量級のテーマです。

◆『暗きは夜』Dark is the Night
(フィリピン/2017/107分/監督:アドルフォ・アリックスJr)有楽町朝日ホール
 ドゥテルテ大統領による度を越した麻薬撲滅運動が続くフィリピンで、麻薬の売買に手を染めながらも足を洗おうとする主婦を中心に進む社会派作品です。麻薬中毒者である彼女の息子が突然姿を消して彼女は必死に息子を探しますが、この麻薬中毒のダメ息子、同じくフィリピンの麻薬を取り巻く状況を扱った『ローサは密告された』で、頼りにならないローサの長男を演じていたフェリックス・ロコではないですか。『ローサ~』よりさらに磨きのかかったダメ具合…彼の運命やいかに。
 上映後のQ&Aで「まずはあらすじだけで始めた」という本作について、「毎日撮影前に俳優に相談しながらその日の台詞を告げた。撮影を進めるにあたって、どんどんと役者がそのキャラクターとしてそのシーンに反応しているという形にしたかったから。」とアリックス監督は語ります。やや大味に感じられてしまった真っ直ぐすぎる演技の生まれた理由がわかった気がしました。それから、エンドクレジット、ドゥテルテ大統領と思われる男性のスピーチが流れるのですが、うっ、日本語字幕が付いていない…。私には思い及ばない大人の事情があるのかもしれませんが、さすがにタガログ語は理解できません。きっと強烈なことを言っているのだろうと想像することしかできず残念でなりませんでした。
 現在は本作の主演ジーナ・アラジャと『ローサは密告された』の主演ジャクリン・ホセとで北海道を舞台にした作品を準備中ということで、これは是非見たいですね!

◆『モアナ(サウンド版)』 Moana with Sound
(アメリカ/1926,1980/98分/監督:ロバート・J・フラハティ、フランシス・H・フラハティ、モニカ・フラハティ)有楽町朝日ホール

Date: 1926Location: Samoa
In picture: Fa´angase (Fa´angase Su´a-Filo)

 美しいっ!と思わず叫びたくなりました。1926年にロバートとフランシスの夫妻がサモアの島に生きる島民の暮らしを映したサイレント作品として製作された『モアナ』。二人の娘であるモニカが当時の撮影場所であったサモアに戻り音声を録音、オリジナルの製作から50年を経た1980年に新たにサウンド版として完成させました。今回上映されたのは2014年にデジタル復元されたものですが、その、映像と音声の美しさと言ったら。もちろん映像だけでもその素朴な美しさが褪せることはないと思いますが、50年を経て付けられたサウンドが、もうこれしか考えられないと言うくらいにぴったりと合っています。良いものと良いものが組み合わさって更に極上のものになっているのです。
 “ドキュメンタリー”という呼称が生まれたのが1926年版『モアナ』がきっかけということですが、単なる記録以上に心に迫ってきて、特に若い二人が向き合って踊り合う一場面は頭から離れません。ただ、サモアの島の音楽がとても心地よく何度がウトウトしてしまったのは不覚でした…。2018年9月に岩波ホールで公開予定です。

◆『時はどこへ?』 Where Has Time Gone?
(ブラジル、ロシア、インド、南アフリカ、中国/2017/111分/)有楽町朝日ホール
 私の今年のフィルメックスでトリを飾るのはこちら。ジャ・ジャンクー監督がプロデューサーを務め、「BRICS」5か国の監督たちが「時間」をテーマに作ったオムニバス映画です。

◇ブラジル『大地が揺れる時』When the Earth Trembles 監督:ウォルター・サレス
 2015年11月5日ブラジル南東部で起こった鉱山廃水ダム決壊事故により父親が行方不明になった少年とその母についての物語。少年が覚えた口笛の音色が悲しさを増します。

◇ロシア『呼吸』Breathing 監督:アレクセイ・フェドルチェンコ
 思わぬ事故で身動きが取れず呼吸が困難になったアル中DV夫を、すさまじい決断力と行動力によって生きながらえさせる女。その女の発想、見習いたいです。

◇インド『ムンバイの霧』Mumbai Mist 監督:マドゥル・バンダールカル
 年老いて暇を持て余した男性が一人の貧しい少年と出会い、生きる活力を取り戻したのに少年は忽然と姿を消して…。えぇっ、そのラスト、納得いきません。

◇南アフリカ『死産』Still Born 監督:ジャーミル・X・T・クベカ
 まさかこのタイトルから誰が近未来SFと察することができるでしょうか。

◇中国『逢春』Revive 監督:ジャ・ジャンクー
 二人目の子供を持つかどうかで悩む夫婦を描いた物語です。

 それぞれの国の色が濃く出た作品群でしたが、中でも南アフリカの『死産』はそのビジュアルと設定にまず惹かれます。そして大トリ、ジャ・ジャンクー監督『逢春』ですが、何が驚きかって、なんと最初にワイヤーアクションで始まるのです。観光客向けのショーだったというオチは付きますが、ここにきてそんなアクションが見られるとは。『山河ノスタルジア』での共演も記憶に新しいジャ・ジャンクー作品のミューズ、チャオ・タオと、リャン・ジンドンが演じる夫婦にはどこからともなく温かな気持ちに。結びの一文では唐の時代の詩人、王勃の言葉が引用されます。“過去にあったものは過去だ、未来はいまだ来ていない” …過ぎ去れるを追うことなかれですね。身につまされます。

 ジャック・ターナー特集とコンペ作をいくつか見られなかったことが心残りですが、念願の『山中傳奇』と新たに見ることのできた作品との出会いを反芻しながらフィルメックス日記を終わります。ご高覧ありがとうございました!

東京フィルメックス2017日記①
東京フィルメックス2017日記②

第18回東京フィルメックス 公式サイト

鈴木里実
映画に対しては貪欲な雑食です。古今東西ジャンルを問わず何でも見たいですが、旧作邦画とアメリカ映画の比重が大きいのは自覚しています。