今年で第11回目を迎える日芸生の企画・運営による映画祭が今週末12月4日(土)から渋谷ユーロスペースで開催される。今回の映画祭のテーマは「ジェンダー・ギャップ」。開催を前に、映画学科映像表現・理論コース3年「映画ビジネスⅣ」ゼミの古賀太教授と、学生の皆さんにインタビューを行いました。

−今年は『ジェンダー・ギャップ映画祭』ですが、企画はどのように始まったのでしょうか?

古賀教授「まずテーマを選ぶにあたり、自分たちにとって切実であること、普通の映画館がやったことのないことを取り上げなさいと学生に伝えました。同じジェンダー作品を扱った映画祭では、レインボー・リール東京がありますから、違いを出さなくてはいけません。映画業界の人が考えつかないようなことをする、選ばないようなテーマを選ぶように学生たちには指導しています。昨年の『朝鮮半島』や『映画と天皇』とかですね。もう1つは、3本の企画に絞ってユーロスペースの支配人にプレゼンして、先方が興行として受けられるようなテーマを選ぶことです。劇場がこれなら大丈夫だと、言ってくれるテーマでないと。テーマが決まってからは学生に任せています。」

−上映ラインナップで注目作は?

古賀教授「それはぜひ、学生に聞いてみてください。大切なのは学生が何を見せたいかですから。私も候補で作品を何本も提案したのですが、いくつも学生に却下されているのですよ。もちろん配給会社から許可が出ないと上映はできないわけですが、テーマも作品も学生が主体で決めていますので。アニエス・ヴァルダの作品でも、学生が作品を見てこれは違う、あれは良い、というのもありますね」

−映画祭に来る観客に何を感じ取って欲しいですか?

古賀教授「むしろ学生側が、まず自分たちが選んだ作品を劇場でもう一回見て、そしていろんなお客様とお話をしてほしいですね。お客様はお金を払って見にきていただくわけですから、様々な意見を言われると思います。そして、そのお客様からの意見や声を聞くことで、企画の時とは違う面が見えてくると思います。それを学生たちで話し合うことで、作品や映画祭への印象が変わってくる、違う反響が自分の中に返ってくると良いのではないでしょうか」

−ありがとうございました。

−本日はどうぞよろしくお願いします。日芸映画祭では、毎年興味深いテーマを取り上げていますが、今年の『ジェンダー・ギャップ映画祭』はどのような経緯でテーマが決まったのでしょうか?

林 テーマを選考するにあたり、講義担任の古賀先生から、候補を3つまで絞るように提案がありました。最初に候補として上がったのは、人種差別、戦争と性、そしてジェンダーギャップでしたが、この中で特に私たちが切実に向き合えるものとして、ジェンダーギャップを選びました。特に今年は、東京五輪組織委員の森会長が、女性蔑視発言問題で辞任したことなど、日本のジェンダーギャップ、女性差別が深刻な問題であることに多く関心が集まったことも、選考の背景にあります。また、今回の衆議院選挙では、選択的夫婦別姓が大きな焦点になっていますが、選挙が迫っている中で、私たちは選挙や政治に関心のある人たちが少ないと感じています。私自身、この『ジェンダー・ギャップ映画祭』を通し、作品や映画祭そのものに関わることでジェンダーの問題に目を向けるだけではなく、どの政党の、誰に投票するのかという意識的にも、視野が広がったきっかけとなりました。
最初にあった映画祭の案は、LGBTQの問題を取り上げたいというものでした。また、強い女性をテーマにしたいという案もありましたので、その両方を合わせるような形で企画構想を立てることにしました。

−映画祭の企画段階で、既に政治や選挙への関心を高める意識があったのではなく、結果的に選挙や、現代の幅広い問題に意識が向くような映画祭になってきたということですね。日芸映画祭はこれまでに『マイノリティ』という企画でもLGBTQの問題を取り上げました。この問題を探ろうと考えたきっかけは?

長谷川 これまでの映画祭では、比較的国際的な内容を扱っていたため、その流れもあると思いますが、まずは自分たちに身近で、かつ国際的な問題をテーマに探しました。しかし私たちが強く関心を抱き、なおかつ話題性がありその多くが既に過去の映画祭で網羅されていました。そこで、一括りで「ジェンダー」という問題があると考え、更にその中でLGBTQや男女格差の問題があると思いました。しかしLGBTQは「レインボー・リール東京」があり、当事者ではない我々がこのテーマを扱うのは難しいという指摘を古賀先生からいただき、最終的には男女差、ジェンダーギャップという企画に集約してきました。

−私はラインナップの中で『ある職場』だけはまだ未見なのですが、企画が具体的になってきた段階で「これは上映したい」という作品はありましたか?
また、選考から外れた作品も多くあったそうですが、選定では全員の意見が一致したのでしょうか?

田崎 『ある職場』は、テーマが決まった段階で、ツイッターで「みなさんのオススメの映画を教えてください」と告知した直後、舩橋監督から直々に「テーマに即していると思うので上映してください」とお声がけを頂きました。私たちで作品を鑑賞し、本作の上映を最初に決めました。

林 女性監督の作品を選ぶ中で、まずアニエス・ヴァルダの名前が上がりました。ですが、監督の作品群の中で、今回は『5時から7時までのクレオ』を選び、『歌う女歌わない女』は選考から外しました。「フェミニストであること」が全面に出る作品や、フェミニズムを主張することは、映画祭のテーマとは差異があると考えたためです。幅広い客層に見ていただくことは、選定基準の1つとしてありましたので。

−「ジェンダー」というテーマ、視点から考えると「フェミニズム」に傾いていたということですね。同様の理由で、選ばなかった作品はありますか?

相川 アン・リー監督の『恋人たちの食卓』も候補にありましたが外しました。働くことや結婚を選択したそれぞれの娘たちと父親の物語で、やはり本作も、ジェンダーギャップではなく、家族や家庭内の優劣に焦点が当てられている印象が強くありました。家庭内の問題を描いたドラマではなく、より大きな「ジェンダー」に関心を抱けるような、テーマに即した作品を選ぶように心がけました。

−家庭内のドラマという点について、昨年、日本でも大きな話題になったキム・ボラ監督の『はちどり』も作品ラインナップにありますね。この作品はある家庭内を描くことで韓国の社会全体へ視点を向けさせていますが、選考の際、何か議論はありましたか?

佐々木 私は『はちどり』を当初は支持していませんでした。ジェンダーギャップではなく、登場人物たちの個人的な問題という要素が、作品内で色濃かったからです。『恋人たちの食卓』はジェンダーギャップではなく家族の話に近いという意見がありましたが、その点、『はちどり』は少女が主人公であることが選考の理由としてあります。作品を選ぶ側の私たちは、少年期、少女期を過ごした経験のある男女として、それぞれの観点で『はちどり』の少女を見つめたとき、娘であるから、女性であるから、社会の接点、家族との関わり、家事や勉強をするということで男性と差があるという共通認識を見つけることができ、これはジェンダーギャップにつながると考えました。少女であることが社会につながる、小さな問題が社会問題に通じている、という点もテーマに即していると思います。

増本 作品の冒頭、ドアが沢山映りますよね。ここで提示される、「どこにでもある話」という要素が重要だと思います。家族の話だけど、どこの家族にでもある、社会全体の問題であることが正に映画祭のテーマに直結していると思います。

佐々木 『バベットの晩餐会』『恋人たちの食卓』は、どこの家庭にでもある話ではなく、その家庭だけの特殊な環境で語られるジェンダーという印象が強いですね。それでは多くの人が共感しづらいのではないかと思いました。

−特定の、特殊な家族や環境におけるジェンダーではなく、あくまで平坦な、所謂一般的な世界の中のジェンダーを描く作品を選定したのですね。ラインナップでは、男性から見た女性、女性から見た男性を描く作品もありますが、選考にあたり、男性、女性視点の作品についての議論はありましたか?例えば、監督の性別は均等に揃えようなど。

田崎 監督の性別については、最初は考えていませんでした。ジェンダーギャップは女性だけの問題ではないので、男性が苦しんでいる作品も選んだ方がいいのでは?という意見はありました。しかし男性がジェンダーギャップに苦しむ作品自体、あまりありませんでした。監督の性別を基準にするのではなく、女性が直面する問題に触れることで、ジェンダーギャップを考えるきっかけになればいいと思います。

佐々木 候補の段階から、男性が描く社会で苦しむ女性の作品を多く出しましたが、女性監督が同様のテーマで描く作品も取り上げたいということになりました。しかし女性監督が描く女性像と、男性が描く女性像が予想以上に違いがありました。女性が社会的に虐げられている状況を描いている作品を、意外と女性監督は撮っていないのです。溝口健二監督は追い詰められる女性を描いていますが。

長谷川 一方で、『100万円と苦虫女』は辛い状況にある女性、というよりは、一人の人間が生きていくために選択を繰り返していく、ロードムービーのような作品です。女性はジェンダーギャップに苦しんでいるという視点、固定観念を取り払い、社会で生きる女性を客観視することができると考えたので、本作を選びました。男性が描く女性と女性が描く女性像の比較という意味でも、興味深いラインナップになっていると思います。違いを意識して作品を見ていただくと良いかもしれません。

−他に、選考基準で重要視したポイントはありますか?

佐々木 選考基準について、「わかりやすさ」は重視しました。映画祭の告知を始めてから、SNSでも結構反響をいただいていますが、すでにジェンダーに問題意識を持っている人は、映画祭の経緯や特色、企画意図を見て、更に興味を持っていただけると思います。しかし、そのように窓口を狭めてしまうことで、本来伝えたかった私たちと同じぐらいの年齢の人たち、ジェンダーについてよく知らない人に届かなくなってしまうのではないかという危惧がありました。なので上映する作品は、強すぎる主張よりも普遍的な生活や、共感をわかりやすく伝えることが良いのかなと考えていました。

−問題提起やきっかけを重視したのですね。作品の選定段階で、ジェンダーギャップ指数の話題はありましたか?

林 考えるきっかけにはなりましたが、ジェンダーギャップ指数を基準に選定をしていたわけではありません。しかし、順位が高い国の作品を視聴することで、日本が世界から比べるとこれほどまでジェンダーギャップがあるということに驚きました。指数はあくまでも体系的な数字ですが、政治参加や就労分野では、日本極端に低いですよね。そのため、順位が高い北欧の、特にスウェーデンの作品を選ぶという案も後にありました。そして、ジェンダーギャップ指数といっても、ご指摘の通り複数分野があるので、調べていくとどんどんわからなくなっていきました。日本のジェンダーギャップ指数が120位というのも、そのまま日本の差別意識を指し示しているというわけではないと思いますし。

−話がやや変わりますが、日芸映画祭では初の、アニメ作品が選ばれていますね。

林 ドキュメンタリー作品を入れたいという意見はありましたが、意図的にアニメ作品を入れることは考えていませんでした。『この世界の片隅に』はアニメだから選んだのではなく、他の作品と同様、テーマが映画祭に即していたから選びました。『この世界の片隅に』は、戦争の映画として、またはアニメという側面だけを観るのではなく、主人公が、その世界、時代にどう生きていくかに着目して、このジェンダーギャップ映画祭で上映するということで、作品の見方が変わるのではないかと思います。
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』では、すずとリンとの出会いに焦点を当て、二人の差が深く見つめられることで、女性同士の価値観の違い、置かれた立場や境遇、居場所の違いによって考え方も生き方も違うという観点が浮かび上がります。そこに単なる「ジェンダーギャップ」ではなく、いろんな見方ができることも大事だなと気付くことができます。また、お互いがそれを否定し合わないのもとてもいいです。二人の女性を通してジェンダーを考える、同じ時代の二人の女性の「普通」からジェンダーギャップを考えるというのも興味深いですね。

−最後に。この映画祭の意義を、皆さんはどうお考えでしょうか?

林 意義というよりは、多くの人がジェンダーギャップについて、考えてもらうきっかけになれば良いなと思います。日本が、日本だけがジェンダーへの関心が低いと感じるのではなく、韓国や日本に近いアジアの国、やヨーロッパの国々を広く知ることで、多様な意見、状況、問題に触れる機会になればいいなと思っています。

−ありがとうございました。映画祭楽しみにしています!

 

宮沢大

日本大学藝術学部映画学科卒

翻訳会社勤務を経て現在は塾講師をしながら翻訳・字幕翻訳者として活動中。映画製作やミニコミ誌の発行をしています。