今年もラヴ・ディアスが東京国際映画祭にやってきた!

まずその長さが話題になるディアス作品。本作『停止(原題:The Halt)』も276分(4時間36分)と長尺!しかし「ディアス初の近未来SF作品」なんて最高の惹句を前にして、ひるむわけにはいきません。前作『悪魔の季節』がミュージカル仕立てで独裁者と抑圧される民衆の構図を描きだしたのに続き、本作も同じモチーフをとりながら、登場人物たちに台詞としてその要素を語らせるなど、わかりやすくメッセージ性の高い作品になっています。

 

2034年のフィリピン。インフルエンザの大流行で人口が激減。追い打ちをかけるように火山の噴火の粉塵が太陽光を遮り、人々は明けない夜のなかでの暮らしを余儀なくされる。国家治安の名の下、ドローンを飛ばして民衆の動向を監視、抑圧する“独裁者”と側近たち、彼らの一掃を試みる運動家と、両者の間で揺れる訳ありの高級娼婦、それぞれのエピソードが絡み合い、ある結末へと向かっていく。

 

少ない照明を効果的に使い、白を浮き立たせ影を強調する映像はいつものラヴ・ディアス作品と変わりませんが、時代や、時に場所さえも曖昧にしてしまうのがモノクロの強み…とあらためて感じさせられたのが、ドローンを飛ばしただけで日常のマニラを近未来にしてしまうマジック。観る者をディストピア世界に迷い込んだ感覚へと容易に陥らせます。

 

近未来ということわりを入れながら、“独裁者”が語るマルコス元大統領への崇敬の念、延々と続く暗闇の意味するものは当時敷かれた戒厳令か――フィリピンが歩んできた過去を想起させながら、貧困にあえぐ人々、ストリートであっさりと死んでいく子どもたちを織り交ぜ、これが国の今直面する問題を描いていることを強くにじませます。そして、この状況を変えられるのは、一人の英雄の弾丸ではなく、名もない民衆の力であること、その力を育む責務は今を生きる我々にあることを、ディアスは何の躊躇もなく突きつけるのです。右傾化、ナショナリズムが進み不穏な空気が漂う今の世の中で、一国の出来事を描きながら、普遍的な問いかけとして提示してみせるディアスの作家性の高さをあらためて思い知らされる作品でした。

 

東京国際映画祭での上映は10月30日11:40の回を残すのみ。席はわずかながら残っているようです。このチャンスを逃すとこの先果たしてスクリーンで観ることができるのか…気になる方はぜひ東京国際映画祭の公式HPをチェックしてみてください。

上映後に行われたQ&Aには二人の女優さんが登壇。圧政側の一味マリッサを演じたマーラ・ロペスさん(お父さんが日本人とのことでマーラ・イザベラ・ロペス・ヨコハマと名乗ることも)から日本語を交え、撮影中のラヴ・ディアス監督についてのエピソードが披露されました。大変にジェントルマンで“ロックンローラー”だという監督。出演者が脚本を渡されるのは撮影当日のこと。朝5時から始まる撮影は夜9時まで続き、監督は午前3時に起床して、まずはギターをつま弾き、そこから朝5時までに台本を仕上げて撮影に臨むというスタイル。うーん、確かにロックンローラー!

【作品情報】

停止(原題:The Halt)

276分/モノクロ/DCP/タガログ語/フィリピン、フランス

監督・脚本:ラヴ・ディアス

キャスト:ピオロ・パスカル、ジョエル・ラマンガン、シャイーナ・マグダヤオほか

公式サイト:http://www.indiesales.eu/the-halt

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。