何が本当で何が妄想なのか、
誰が本物で誰が妄想なのか、
鮮やかなイメージが目くるめく奇妙な世界は混乱を極める。
それもそのはず、妄想型統合失調症患者のストーリーだからだ。

編集者のエルガはマドリッドに向かう列車で向かいの席に座った男性に声をかけられる。人格障害専門の精神科医だというその男性は、これまで出会った患者のクレイジーな体験談を語りはじめる。コソボ戦争に赴いて片腕で帰還した男、不幸な結婚を繰り返す女、正体不明の医師…。列車の進行中に展開する物語だが、時系列ではなく、上書きされるような形で進んでいく。ある人が語った話、また別の人が語った話、と事実や妄想がどんどんアップデートされていくのだ。

記者会見には、本作が長編デビュー作となるアリツ・モレノ監督と、原作である同名小説の著者アントニオ・オレフド氏が登壇した。
モレノ監督は、この作品の制作を決めた理由をこう語る。
「私はこの小説の大ファンで、初めて読んだときに映像化したらきっと良いものが出来るだろうと確信しました。そのため、極力原作を忠実に再現するよう努めましたし、セリフも近しいものにしています。」
逆に完成した映画を見たオレフド氏は、「変な気分でした。通常、小説を書くときは言葉やシンタックス、文法などを主に考えながら書くのですが、キャラクターの顔や表情、身を置く環境などはあまり想像しません。ですので、映画で初めてそれに出会う、というのがとても不思議な体験でした。」という。

しかし、原作を知らない私個人としては、文章でどう表現されるのだろうと想像できないシーンがいくつかある。高校生のときに、伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』の本を読んで、これをどうやって映画化するのだというと、逆に映画だけ観た友人が、本で伝えるのは無理なんじゃないかと言っていたのを思い出した。この理由を言ってしまうとネタバレになるので避けるが、同じトリックだったように思う。

また、監督は制作までに5年を要した苦労も語ってくれた。
「スペインで映画を作る、というのは安易なことではありません。テレビ局の支援がなければ制作は不可能です。この映画は特にストーリーが奇抜でダークだったため、なかなか受け入れてもらえませんでした。さらに、ストーリーの特性上、どんな映画か?というのがスクリプトだけでは理解してもらえませんでした。しかし、実際にはすばらしい脚本で、それに魅力を感じた有名キャストたちが出演の承諾をしてくれ、さらにこちらでもビジュアルで伝えられる手段を模索することで、やっと支援をもらえるようになったのです。」

監督自身が「ぶっ飛んだ映画」と語るこの作品。正直、個人的には残虐で不快に感じるシーンも多々あったが、極彩色のイメージの連続は強烈なインパクトを残してくれる。前情報はほどほどに、混乱の渦に飛び込んで欲しい。
会期中の上映は、本日11月2日と4、5日の3回。

【作品情報】
列車旅行のすすめ
(英題:Advantages of Travelling by Train、原題:Ventajas de Viajar en Tren)
103分/カラー/2019年/スペイン・フランス

監督:アリツ・モレノ
キャスト:ルイス・トサール、ピラール・カストロ、エルネスト・ アルテリオ
HP:https://2019.tiff-jp.net/ja/lineup/film/32CMP01

荒木 彩可
九州大学芸術工学府卒。現在はデザイン会社で働きながら、写真を撮ったり、tallguyshortgirlというブランドでTシャツを作ったりしています。