東京国際映画祭4日目、コンペティション部門に選出されたトルコ映画『湖上のリンゴ』を紹介します。長らくジャーナリズム、ドキュメンタリーの仕事に携わり、写真家として12カ国で写真展を開催したことのあるレイス・チェリッキ監督。そのカメラがとらえた風景には、美しさと同時に、何かを語りかけてくるような強さが秘められています。

 

トルコ辺境のまちに母と暮らす少年ムスタファの夢は、一人前のアシュク(吟遊詩人)になること。厳しい親方のもとで稽古に励むが、芸の道は厳しく思うようにならない。ムスタファには、ほのかに思いを寄せている少女がいたが、婚礼の話が持ち上がっているらしい。ある日、親方にお供を命ぜられ、隣村に行くことになったムスタファ。少女から赤いリンゴを土産として頼まれるが…。

 

「世の中には、忘れられかけている言葉がたくさんあります。そういった言葉や詩を、人々に思い出してもらいたかった。そして、また忘れ去ることのないように、それらを記憶の中にしっかりととどめてほしいという思いがあった」というチェリッキ監督。本作『湖上のリンゴ』は、監督の生まれ故郷であるアルダハン(トルコとジョージア、アルメニア国境のまち)で撮影されました。

少年期に故郷を離れイスタンブールに移り住んだチェリッキ監督ですが、アダルハンでの撮影には強い思いがあったといいます。「生きるものはみな、最後は大地に戻っていきます。文化も同じなんです。私は、映画をつくるために何か材料を探し、それを追求していくような方法があまり好きではありません。アシュク(吟遊詩人)は、映画の舞台となった地域に今も多数存在します。土地に根ざした彼らの物語を語るという気持ちで臨みました」。トルコ有数の芸術と音楽の学府、イスタンブール大学州立音楽院で音楽を学んだ経歴を持つ監督にとって、この映画はつくるべくしてつくった作品と言えるかもしれません。

劇中、少年と親方の旅路に合わせるようにして、舞台はトルコからジョージアに移っていきますが、国境を感じさせる描写はまったく出てきません。そのことについて監督は、「我々が生きている現代には至るところに境界線があって、いつも多くの問題が起こる。私はそういう状況を望んでいないし、好きでもありません。どんなものにも『境界』は使いたくないのです。ジョージアとトルコの間は自由に行き来できるようになっており、互いが相手の国の土地で暮らしています。互いが相手の言葉を理解できます。そうして1つのパイを作り上げているようなものなのです」と語りました。

 

監督と一緒に来日したプロデューサーのディレキア・アイドゥンさんは、トルコ映画業界を支える若い世代の一人。トルコ映画に新風をと、ふだんはできるだけモダンで都会的な作風の映画を多く手がけているといいます。なぜ今回、伝統に立ち返るような本作にかかわったのかと問われると、「脚本に魅了されたからだ」といいます。「とりわけ詩的な部分に惹かれました。失われつつある文化や芸術をもっと知りたい、多くの人に伝えたいという気持ちになりました」と、彼女がこれまで扱ってきたものとは真逆のタイプでありながら、若い世代にも訴える力のある作品であることを強調しました。

 

アシュク(吟遊詩人)は、中央アジアに起源を発し、11世紀ごろアナトリアに移住を始めたといわれています。前近代のトルコでは、アシュクは歌い手であると同時にニューステラーの役割を果たしていました。現代になると、ニューステラーの役割はマスメディアが引き継ぎ、音楽はフォークソングとしてプロの歌手が提供するものに形を変えていきます。しかし大衆の感情を反映するアシュクの詩は、今も価値のあるものとして認識されているといいます。故郷の伝統音楽をモチーフとする物語を、若い世代が広めていく。この『湖上のリンゴ』という映画自体が吟遊詩人の役割を果たしているかのようです。寓話性とサズの音色に心満たされる本作、東京国際映画祭での上映はあと3回。11月2・4日(Q&A付)と11月5日です。詳しくは公式サイトをご確認ください。

 

【作品情報】

湖上のリンゴ(原題:Food for a Funeral [Aşık])

監督:レイス・チェリッキ

キャスト:タクハン・オマロフ、ズィエティン・アリエフ、マリアム・ブトゥリシュヴィリほか

103分/カラー/トルコ語/2019年/トルコ

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。