マカロニウエスタンの名作は、という問いは、答えの分かれるところかもしれない。しかし「最後の名作」となると、ほとんどの人がテレンス・ヒル、ヘンリー・フォンダ主演の『ミスター・ノーボディ(原題:Il mio nome è Nessuno / My Name is Nobody, 1973)』を挙げるのではないだろうか。情報源は口コミとあいまいな似顔絵、御触書のみという時代、荒くれだった男たちの生きる目的は、天下に名をとどろかせることだった。「名うてのガンマン」がいると耳にするやいなや、われ先にと勝負を挑み、生き残ったほうが「俺がナンバーワン」を喧伝したのだ。

鉄道網が敷かれ、船などの移動手段が発達すると、広かった西部は急速に縮んでいく。伝説のように伝わってきた男の名は、顔をもった一人の人間として容易にあらわれ、ロマンを失った。『ミスター・ノーボディ』は、そんな男たちの夢が破れんとする瞬間をとらえた作品であり、だからこそ、多くのマカロニファンに愛されてやまないのだろう。

『ゴールデン・リバー』は、そんな『ミスター・ノーボディ』にちょっと似ている。

時は1851年、カリフォルニア・ゴールドラッシュが起きた3年後のアメリカ。まだ見ぬ金脈を求め、遠くヨーロッパからも人が押し寄せるなかに、ある兄弟がいた。“シスターズ”というユニークな姓を持つ彼らは、あたり一帯を仕切る「提督」のもと、商売敵や裏切り者を始末する凄腕の殺し屋だ。

息をするように人を撃つくせに、弟のこととなると何かと気をもむ兄イーライには、名脇役ジョン・C・ライリー。やんちゃで破天荒、女好き酒好きの弟チャーリーを、新ジョーカーのお披露目が楽しみなホアキン・フェニックスが演じる。二人が標的として追う、金脈探しの重要な鍵を握る謎の男にリズ・アーメッド、兄弟と男を奇妙に結びつける提督の手下にジェイク・ジレンホールという『ナイト・クローラー』コンビが、また違った関係性で息の合ったところをみせているのも見どころのひとつだ。

激しい銃撃戦、埃と汗にまみれて殺るか殺られるかでギラつく男たちと、男くささ満点の本作だが、女子萌えの要素も満載である。まずはシスターズ兄弟。謎の男を追って旅する二人のとぼけた日常がゆるくて萌える。こいつら本当に凄腕の殺し屋かというおふざけに脱力、しかし銃を握った途端に鋭さの宿る目、キレのある身のこなしから放たれる正確無比の射撃の腕という変身ぶりは、ギャップ好きにはたまらない。むげにされても一途に弟を想う兄心、その理由がわかったときに募る「兄ちゃん、素敵すぎる」感!物語の一部は、手下役ジェイク・ジレンホールのモノローグで進む。ジェイク・ジレンホールといえば、知る人ぞ知る美声の持ち主。耳心地の良い深いヴォイスは、猛暑をも忘れさせる清涼剤ですらある。彼が、ある種の敵対関係にあるはずの謎の男リズ・アーメッドと惹かれあっていくさまは至高のブロマンスだ。

俺たちが法だとばかりに人を撃ちまくるシスターズ兄弟は、自由気ままに生きているように見えて、実は組織によってがんじがらめに縛られている。楽天的で手を血に染めることに良心の痛みなど感じない弟は、しかし、息苦しさを覚えることもない。そんな弟が心配でたまらない兄だけが、呪縛に気がつく。私たちもしがらみの中で生きている。むしろ、多くの人はしがらみの中でしか生きられない。朝の通勤風景で、うなだれながら電車に吸い込まれていく人の波は、その象徴のようだ。兄の中に芽生えた変化とその行く末は、だからこそ、私たちの胸を打ってやまないだろう。

先日、75歳で逝去したルトガー・ハウアーが、彼らしいチャーミングさをフルに発揮して、短いながら忘れがたい存在感を残している場面にも注目である。

原作小説の『シスターズ・ブラザーズ』(パトリックデウィット著/2011:翻訳は東京創元社より2013刊行)は、「本当に面白い本を読みたいなら、ノーベル文学賞よりもこちら」と呼び声の高い英国ブッカー賞の最終候補に残った作品。監督は、2015年『ディーパンの闘い』でカンヌ国際映画祭パルムドールを獲得した仏のジャック・オーディアール。彼にとって初の英語作品となった本作『ゴールデン・リバー』は、4人の個性的な俳優たちの魅力と原作の持ち味が十二分ににじみ出た深い人間ドラマだ。ジャンル映画ファンに独占させるのは勿体ない。

 

『ゴールデン・リバー』
新宿武蔵野館ほかにて上映中、8/3(土)より恵比寿ガーデンシネマにて公開

原題:THE SISTERS BROTHERS/2018年/フランス、スペイン、ルーマニア、ベルギー、アメリカ/カラー/シネスコ/5.1ch/122分/字幕翻訳:風間綾平 配給:ギャガ

公式サイト:https://gaga.ne.jp/goldenriver/

小島ともみ
80%ぐらいが映画で、10%はミステリ小説、あとの10%はUKロックでできています。ホラー・スプラッター・スラッシャー映画大好きですが、お化け屋敷は入れません。