グー・シャオガン監督

中国、浙江省杭州市の富陽。東シナ海へと続く、古くからの大河・富春江が流れる。
親戚一同が集まり、年老いた母の誕生日を祝っている。その席で彼女が倒れてしまうことから映画は始まる。介護が必要になった高齢の母と、料理店を営む長男、漁師の次男、難病の息子を一人で育てる三男、独身で気ままに暮らす四男の四兄弟、そして彼らの家族の姿を描く。

第20回東京フィルメックスでも上映された『春江水暖~しゅんこうすいだん』が、2月11日より公開される。それに先立ち、グー・シャオガン監督にリモートインタビューを行った。
2019年のカンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング上映を飾るなど高く評価された本作が長編デビュー作だという監督は、1988年生まれで完成当時は31歳。映画の舞台である富陽に育ち、現在も暮らしているという。画面越しの姿からは、柔らかい雰囲気の穏やかな若者といった印象を受けた。

作り手として感じた山水絵巻との結びつき

四兄弟の長男の娘・グーシーと恋人のジャンが河畔を散策している。
君は歩いて僕は泳ぐ、どちらが早いか競争しよう。そう言ってジャンは河に飛び込む。泳ぎ、岸に上がり、歩き、そのまま船に乗るまでの彼らの姿を、その風景や人々といった背景とともに横移動のカメラは切れ目なく10分あまり追う。絵巻物からインスピレーションを受けたというこの映画の特徴がはっきりと表れた場面だ。
映画の着想源である「富春山居図」*1は、14世紀、元の時代の文人・黄公望が富陽を描いた山水絵巻の傑作として広く知られている。しかし、監督によると「現代の中国では、絵画や絵巻物といった伝統文化は形式的なものだと考えられていて、自分の普段の生活とは関係のないもの、だいたい60代以上の人の定年後の趣味として捉えられている」という。自身も映画を撮る以前は強い関心を持っていたわけではないというが、その経緯をこのように語っている。

「僕は偶然若い書道家と出会う機会があり、その時に色々教えてもらったことでそういった伝統文化への考えを変えることができました。それはとても幸運なことだと思っています。富春山居図は、僕の地元の富陽では政府が観光のシンボルにもしていますし、子供の頃から馴染みのある芸術作品でした。ただ、子供の頃は絵に関しては何も感情がなかったんです。実際に僕が北京から地元の富陽に戻って映画を作ろう、作り手として活動しようとしていた時に、自然と富春山居図と繋がりを持つことができました。それは同じ富春江という場所を主体にして、600年前の黄公望と現代の僕という二人の作り手が結びついたように思えました。」

時代、あるいは場所の移り変わりを残すということ

先述の場面がこの映画の核に触れるものであるのは、決してその演出や撮影といったアプローチの面からだけではない。若い恋人たちの姿は、ストーリーの面でも当初から軸になっていた部分だという。映画はある一家の年老いた母とその息子である四兄弟たち、またその彼らの子供たちといった三世代の物語を描いているが、監督はそのきっかけとして世代による価値観の違いを感じたことを挙げている。

「脚本を書く時に、一番最初に軸にしようと思っていたのは若者の話、映画の中で言えば、グーシーとジャンの二人の恋の話です。あれは実際に僕のいとこのお姉さんの身に起きた本当の話で、彼女は恋人ができて結婚したかったんですが、家族──特に自身のお母さんから反対され、それから3年間、彼女たちはずっと不仲で争いを続けていました。僕はそのことがとても心に残っていたんです。実際に周りを見てみると、同世代の友人たちも親から交際や結婚を反対されていることも多かったんですね。当時は2017、18年くらいでしたが、現代の中国においてもこういったことが起きているということに僕はとても驚きましたし、不思議にも思っていました。頭の中では現代の中国というのはとても自由で、色々な面で解放されていると思っていたんですが、実際にはまだ結婚や恋愛に関して親が反対するというようなことが起きている。僕は当時北京で勉強していましたし、周りの友人も芸術を志す人が多かったので、比較的自由な環境ではあったと思います。しかしそれはやはり少数派であって、大部分の中国人ないしは若者たちは非常に保守的な伝統や価値観の中にあり、なおかつ親は子供の人生や結婚に対してたくさん干渉していました。時代が変わってもそういった普遍的な状況があるということを僕は理解したいと思い、一番最初の脚本ではその二人を核に据えました。子供の人生なのにどうして親がそこに干渉するのか、なぜお見合いをそうまでして勧めるのか、といったことを解き明かしたかったんです。」

また、多くの主要な登場人物に監督の親戚がキャスティングされているが、そのことがより脚本を膨らませていったという。

「あのぐらいの50代、60代の人たちはとても兄弟が多いんですね。自然に作品の中のキャラクターが増えていって、年代も厚みがあるので三代の物語になりました。最初から家族三代の物語にしようと思っていたわけではなく、少しずつそうなっていったという感じです。一番最初はグーシーとジャンが核になるので、長男の家の話だけを描こうかとも思いました。ただ、当時富春の街の再開発や取り壊しがものすごいスピードで進んでいて、街がどんどん変化していったんです。それに対して僕も衝撃を受けて、なんとかして移り変わりを映画の中に残したいと考えていました。その”移り変わりを残す”ということで、当時の時代を象徴する、あるいは捉えられるのではないかと思っていました。でも、ただ長男の家だけを物語にするとなると時代性のバリエーションが少ないと思ったので、兄弟を4人に増やし、それぞれに違う仕事をさせて、彼らの仕事から時代や街の移り変わりを描きたいと思いました。」

揺らぐ「成功」という価値観

経済的な面から娘の結婚に反対する四男の妻、立ち退きによって得たお金で息子のために家を買う次男、病気の息子を抱え借金に追われる三男、といったように映画のストーリーには金銭の要素が深く絡み、物語を動かしているようでもある。そのことについて尋ねると、監督は中国という国における「成功」の在り方について語った。

「中国は僕から見るとまだまだ発展中の国なんです。近年ものすごいスピードで経済が発展してはいますが、まだまだ発展途上であると思います。国や政府も”緑水青山”*2という、環境に対してもっと保護を訴えていこうといった政策だったり、もっと多様性を認めようといった政策も打ち出してはいるんですけれども、やはり中国全体としてみるとまだまだ経済が大きな柱となっています。そういった柱がある中で、大部分の国民にとっての一番重要な価値観というのは、お金と成功なんですね。いかにお金をたくさん稼いで、いかに成功するかということが、とても多くの国民にとっての人生の目標にはなっています。その”成功”というのは、映画の中にも少し出てきますが、車を持っている、家を持っている、肩書きの良い職業に就いている、大企業に就職したり政府高官になったり…そういったわかりやすいものが成功の指標にはなっていると思います。」

続けて監督が語ったのは育った時代による価値観の違いだが、劇中、グーシーとジャンの何気ない会話の中でも同様のことが語られている。それはこの脚本のきっかけであったという「なぜ現代の中国で、親が子供の人生に干渉するのか」という疑問へのひとつの答えのようでもある。

「映画の中に出てくる両親たち、50代以上の世代は、彼らは中国がまだ豊かではなかった時代に生まれ育ったので、物質不足であったり、とても貧しい世代を生きていたんですね。政治的にも不安定でしたし、殆どが大家族の家庭だったので、彼らにとっては物質が最重要項目なんです。お金や物質的な豊かさというのは、彼らが生きていくための安心材料になっていました。なので彼らは、自分の子供たちに対しても、自分たちの価値観のままお金や物質を持って生きていきなさいと勧め、そのように誘導していくんです。ただ実際に、映画の中にも出てくる若い世代──僕のような20代30代の世代にとっては、そういった親世代とは生きている時代も価値観も違います。僕たちは一人っ子世代で、基本的に家庭の中に子供は一人、時代的にも中国は安定期に入っているということもあって、物質的にも豊かになりました。僕たちにとっては物質は最重要項目ではないんですね。実際に良い学歴だとか、そういった成功がなくても、なんとかアルバイトをしたり、日々の仕事で生き延びていくこともできるようになりました。僕たちにとって重要なのは、物質ではなくて精神的なものに代わっていくんです。50代以上の両親世代の人にとっては、どうやって生きていくかということが大事だったんですけれども、僕たちにとっては何のために生きるのか、どうして生きるのか、ということを重視する考え方の違いが出てきています。
今の中国で主流な価値観である”成功”というものも、僕たちの世代にとっては成功は何のためにするのか、と捉え方が変わっているんですね。他人からの賞賛を得たいから成功したいのか、自分だけお金持ちになって楽しく生きられればそれで良いのか、といった風に考え方も変わってきています。欧米や日本は、中国より少し先を行っていると思うので、そういった成功の定義も多様になり、人それぞれの生き方の価値観も生まれてきていると思います。中国は14億人もいるので、そういった多様性のある成功の定義にたどり着くまではまだ少し時間がかかるとは思うのですが、少しずつそういったことを考える人も増えてきてはいます。」

ちなみに、映画を撮る原動力の一つでもあった富陽(位置する杭州市は2022年アジア競技大会の開催地でもある)の再開発について尋ねると、街の大多数の人々には好感を持って受け入れられているという。その理由は、劇中にもあったように立ち退きに対して大金が支払われたことだけではない。

「今は再開発は殆ど終わっているんですが、やはり美しい都市開発という意味での再開発で、環境や古い建築を無闇に破壊したりといったことをしていないので、みんな満足しています。今は美しい都市に生まれ変わって、地下鉄ももうすぐ開通するなど、結構生活もしやすくなっています。こういった取り壊しというのも、恐らく2、30年前のかつて行われていた取り壊しとはだいぶ変わってきています。昔は、例えば北京の再開発でいうと、伝統的な住居である胡同をやたらめったらに壊したりといったことがされていましたが、最近の中国は海外に学んで歴史的な建築物をなるべく残したり、環境に配慮した再開発を進めています。そういった意味でも中国は学んで前進しているとは思います。」

「過去に思いを馳せる」映画

その一方で、映画には風光明媚な街の風景や、季節ごとの家族の集まり、あるいは願掛けのように行われる占いといった、恐らく人々の中でずっと親しまれてきただろう文化や伝統の姿が収められている。山水画を着想源にしている点も含め、それらはとても「中国らしい」もののようにも思われるが、古くからの伝統文化は形式的なものと思われているという現代においてそれらを捉えることにどんな意識があったのか。

「民族の習慣や伝統といったものはとても重要だと思っています。僕はこの映画でそれらをいかに現代と融合させようか、映画として表現しようかということをずっと考えていました。映画の中にも出てくる大きな木や、この映画の着想源でもある富春山居図といったものは、過去や、かつてそこにいた人との繋がりを持てるものだと思います。木もずっと、何百年何千年と前からあの場所に立っていて、富陽の街の変化を見守っていましたし、富春山居図もかつて黄公望が僕と同じ地元の富陽で生活していて、そこで描き出した作品です。そういった故人との繋がりや、同じものを見て考えるといった思考の繋がりがあると思います。かつての中国の文人たちは、世界のことを”天地”と捉えていたんです。そういった天地の古来の世界観や価値観から現代を捉えてみようというのも、思考の面でのこの映画の伝統と現代の融合の一つでもありました。
僕は絵巻物を、横ローリングで長回しする撮り方で映画の中で融合させて再現したんですが、そのように観客に視覚的に見せるということにも挑戦しました。この映画で僕が観客に見せたかったものは、そういった思考や芸術的な美学でもあります。映画に写る山や河、四季の移り変わりといったものも見てもらいながら過去に思いを馳せて欲しいんです。映画を通して、過去の個人や時代、そういった時間や空間といったものは巡り巡って循環するものでもあるということを意識してもらいたいです。」

監督は『春江水暖』にあたり、古くからの思考や美学を視覚的に見せるという挑戦があったと語った。山水絵巻から着想を得たというこの映画の野心に触れている言葉だが、改めて思えば、映画と山水絵巻との融合とは一体どういうことなのだろうか。
長回しの横移動のショットは、それだけでこの映画を決定づけるような魅力がある一方で、ある意味でそれは映画を撮る上でのスタイルといった形式的なもののようでもある。しかし、変化を残すことが時代を象徴するという意識や、それぞれの世代の価値観の違いを捉えた物語の背後にある思考を探ると、そこには今現在生きている場所や時代と、それからもっと遡ったところについて、全体をずっと遠くから視野に入れて観察しているかのような作り手の眼差しを感じた。切れ目のない絵巻物を眺めるように世界を俯瞰して変化を見つめる眼差しで、それこそが核となり映画を貫いている。

映画の終わりには「巻一完」とあるが、本作を三部作の一作目とした続編が予定されているという。新型コロナウイルスの流行といった昨今の出来事も、次の映画の制作自体には大きな影響はないという一方で「三部作の大きなテーマとして、現代性、今を写し出すということがあります。」次作は2022年に杭州や江南地方での撮影を予定しているが、そのときに2022年そのままの時代、つまりコロナ後の人々の暮らしや社会の変化が自然と写し出されているだろうと言う。
そんなことを聞いてしまったのは、現在進行形で起きているような世界の変化が、この監督の眼差しによってこれからどのように捉えられ、映画に写し出されていくのかが今から気になってしまったからだ。

*1 清の時代に二つに分断された経緯があり現在の収蔵先が異なるが、前半部・後半部ともGoogle art&cultureのサイトで見ることもできる
https://artsandculture.google.com/asset/the-scenery-of-fuchun-river-crosses-our-hometown-tonglu-county/-gHQXdFuoKkN6w?hl=ja

*2 2005年、習近平の「緑水青山こそ宝の山」という提唱による
http://japanese.cri.cn/20200814/c67ac837-4dc6-7979-3db7-459b1cfab581.html

『春江水暖~しゅんこうすいだん』
監督・脚本 : グー・シャオガン
音楽 :ドウ・ウェイ
出演:チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン
中国/2019 年/150 分/字幕:市山尚三、武井みゆき/字幕監修:新田理恵/配給:ムヴィオラ 
公式サイト

2020年2月11日(木・祝)Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

画像は全て©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

吉田晴妃
四国生まれ東京育ち。大学は卒業したけれど英語と映画は勉強中。映画を観ているときの、未知の場所に行ったような感じが好きです。