東京国際映画祭6日目はワールド・フォーカス部門に選出されたアニメーション映画『マローナの素晴らしき旅』を紹介したい。

映画は交通事故で命を落としたある一匹の犬の回想で構成されている。私たちは彼女が生まれてから見てきた世界、出会いと別れの物語を、素晴らしいアニメーションと美しい言葉により追体験することとなる。

彼女は雑種として生まれ、すぐに野良犬になってしまう。その後、人に拾われ、捨てられ、多くの出会いを経験していく。
たとえ悲しくても嬉しくても、犬は涙を流さないし、喜びを言葉で伝えることもない。餌が欲しくてもトイレに行きたくても、ひたすら人間を待つ。アニメーションで描かれるのはかわいらしい犬だが、その表情もフォルムもしぐさもシンプルに抑えられ、現実の犬と同じように、そこから心の内が直接見えてくるわけではない。
そのかわりに、彼女の心は美しい言葉で語られ、彼女の見ている世界は非常に豊かなアニメーション表現で描かれていく。

その表現の豊かさには目を見張るものがある。特にキャラクターデザインは自由で独創性に富み、制限のない人間の喜怒哀楽と可能性を表現する。

人間たちはみな夢を追い、それぞれにカラフルでユニークな姿を形作っていく。人間の肉体すら一定の色や形をもたない。そんな人間たちと彼女が出会って目にする夢に満ちた世界もまた、美しいアニメーションの空間として広がっていく。
しかしその中で、人生に訪れる様々な困難や尽きることのない夢、そして成長が引きこす人間の変化を目にし、彼女は自分とは異なる存在としての人間を学んでいく。雑種の野良犬に人は名前を付けるが、そんな名前すら、人間の変化と共に簡単に変わっていくのだ。
年を取り、そうしたことを学び受け入れていくにつれ、変わることのない彼女自身とは対照的に、その言葉やアニメーションからは彼女の世界の見方が変化して行くのがわかる。

生涯を通じてマロナに訪れる多くの幸せと悲しみ。マロナは幸せな時間は苦しみの間の休憩だというが、それは様々な可能性を秘めて生き、常に変化していく私たちの中に変わらないものを求めるからだろう。そしてそれは、決してマロナだけがもつ感情ではないはずだ。

 

監督のアンカ・ダミアンはルーマニア、キャラクター造形作家はベルギー、アートワークの二人はノルウェー、イタリアの出身と、ヨーロッパの若手のスタッフが集結して制作された今作は、アヌシー・アニメーション映画祭にもコンペ部門にも出品された。
東京国際映画祭での上映は全て終了したが、劇場公開を期待したい。

≪作品情報≫
『Marona’s Fantastic Tale』
2019年/カラー/92分/フランス語/ルーマニア・フランス・ベルギー
監督・脚本・プロデューサー アンカ・ダミアン
脚本            アンゲル・ダミアン
プロデューサー       論・ディアンス/トーマス・レイヤース
編集            ブブカ・ベンザバ

 

<p>小野花菜
現在文学部に在籍している大学2年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。