東京国際映画祭5日目。本日はワールドフォーカス部門から、フィリピンの巨匠メンドーサ監督の新作『ミンダナオ』を紹介したい。

 

舞台は今なお武力紛争が絶えないミンダナオ島だ。フィリピンは大多数がカトリックだが、ミンダナオ島はその中でも数少ない、ムスリムが多く住む島でもある。

そんなミンダナオ島で暮らすサイマとその娘アイサ。夫のマラングは軍医として戦地に赴き、二人はHouse of Hopeという施設で暮らしている。House of Hopeは実際にミンダナオにある施設で、子供が小児癌を患ってしまった家族が共に暮らしているのだ。
アイサの病状がよくないことは誰の眼にも明らかだ。しかし母親のサイマも施設の人々も、毎日希望を捨てずに暮らしている。夫のマラングも常に妻子を思いながら、悲惨な戦場で人々の死を見る生活を送っている。

House of Hopeの女の世界、森の中で戦う男の世界、それぞれの世界で、人間同士の憎み合いによる残酷さと、人間の力ではどうにもならない、愛する者の死という2つの悲しみが描かれる。そしてその悲しみは、ミンダナオ島の人々の心の底に沈んでいく。

 

物語の世界は非常に過酷でありながら、彼らを包むのは暖かい日差しであったり、鳥の鳴き声や静かな風の音だ。そして周囲には、子供の純真さ、人の優しさ、歌や踊り、風景の美しさがあふれている。戦争や病気に人々が苦しむシリアスな場面も描きながらも、この映画の世界はそういった暖かさや優しさに包まれているのだ。

さらにこの映画の最大の特徴は、過酷な環境の中で生きる家族を実写で、フィリピンに伝わる、龍と闘う兄弟の伝説をアニメーションで、同時並行で描いていくことだ。クレヨンで手書きしたような絵が動くこのアニメーションは、現実とうまくリンクしながら伝説の物語を描いていく。それは実写のみではあまりにも苦しい世界に、空想のような、どこか暖かく柔らかい印象を与える。音楽もそういった意味で映画の印象を大きく左右している一因といえるだろう。

でも、だからこそ、その底に沈んでいる人々の悲しみが我々の心に響く。
龍と闘った兄弟の伝説を伝え聞く人々が、風の中に兄の想いを、海に浮かぶ火球に弟の存在を見出すように、我々は多くの失われた命や、彼らを想う人々の心に思いを寄せることができる。

 

演技とは思えない母子の名演にも注目したい。母親役を演じたジュディ・アン・サントスは既に3人の母親であるが、4歳の少女を演じたユナ・タンゴッグにとっては初の演技経験となった。
「4才の子に演技をつけることはできないから、その瞬間を捉えるしかない」という監督は、撮影前に母親役と娘役の二人が共に過ごす期間を十分にとった。最終的に少女が発する言葉は台詞のみならず、その場で発せられたものもあったという。

 

「ドラゴン(伝説に登場する恐ろしい敵)が象徴しているのは、やはり恐怖である。この地ミンダナオでは長年内戦が続いており、そのことを表している。同じ地域の民族同士で殺し合いが行われていることの比喩も込めました。」と語る監督。今作にもやはり監督からのメッセージが含まれている。

「私はストーリーを伝える映画作家として、世界を変える力というものは持っていません。しかしアーティストとして心を込めることで、一人でも二人でも、観客の琴線にふれ、そこから何かを動かすことができるのであれば、という気持ちで作っています。」

「だから、マイノリティの人々に光をあててそういった人々を描きたいと思っている。ただ、そういったテーマの場合は、物議をかもしたり横やりが入ったりということがある。なにか他のところに思惑があるのではないかという詮索をされたりもする。でも究極的に私がやりたいのは、ただ単に騒ぎを起こすのではなく、この映画を作ることで、いちフィリピンの市民として何らかの形で貢献するということだ。」

 

現在のフィリピンを見つめながらも、アニメと実写の融合により新たな世界を切り開いた今作。残る上映は11/2 14:10-となっている。

≪作品情報≫
『ミンダナオ』
監督 ブリランテ・メンドーサ
脚本 ハニー・アリピオ
キャスト ジュディ・アン・サントス/アレン・ディソン/ユナ・タンゴッグほか
2019/カラー/123分/フィリピン

小野花菜 現在文学部に在籍している大学2年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。