クリス・マルケルの作品を、ずっと観たいと思っていた。
だけど散々見逃し続けて、今回、やっとユーロスペースでの特集で叶われた!
クリス・マルケルという名を耳にし続けて、やっとこさ目にしたその作品から、映像を観たのだろうか?という気持ちが生まれた。確かにこの目で観たのだけれど。

『シベリアからの手紙』は、広大な土地であるシベリアを、アンガルスクからレナ川へ、イルクーツクのダムへ行き、ヤクーツクからアルダンへ、そしてまたレナ川を下り、その土地にまつわる話を、書簡形式のナレーションで描いている。

そもそも地理に疎い私は、ルートを地図で調べてみた。

とても便利なGoogleマップを駆使しても、地名を拡大するとシベリアの全貌を把握できず、かといって全体を見ようとすると、地名が隠れてしまうから、なかなか把握するのに苦戦した。だけど、行ったことのない土地を調べるのは、なかなかに面白い。

この感覚、何かに似ていると思った。そうだ、旅行に行く前に、地図で確認するときと同じだ!そう思うと、様々なことが腑に落ちた。

 

この映画は、手紙だということ。

 

もちろんタイトルにもあるから、当たり前のようだけど、どこか映画を観たというよりは、クリス・マルケルが、本当にシベリアという土地から、旅行先から、手紙を送ってくれているようなのだ。

旅行は、地図を見ただけでは分からないことを沢山知ることが出来る。
川や木々の大きさや、気候、その土地に住む人、生きている動物、街の音、匂い。
今の時代、調べればわかることもあるけれど、この目で見て、興味関心が湧き出たときの発見は、宝物のようで、生き生きとした感情として残る。この映画には、そんなワクワクに溢れている。

シベリア人と中国人は、マンモスをモグラの仲間と考えていたという話や、金の採掘で削り出された巨大な石を芋虫と表現したり、トナカイを大切な商品として紹介したり
そんなこと、ネットで調べたら分かるんじゃないの?と思った人もいるかもしれないけれど、そもそもトナカイを商品だなんて、私は人生で思ったことは一度も無かったし、アニメーションで表現される部分もあって、手紙に絵が描かれているみたいな、ちょっと嬉しい気分になる。

かといって、客観的にヤクーツクという土地を撮影したと言いつつ、同じ映像を使って、町で働く人々を、”意欲あふれる幸福な労働者”と表現する一方、”奴隷のような姿で働く労働者”とも表現する。1つのシーンを、共産党の方針に沿っても、または批判的に捉えることもできるのだ。

客観性も怪しいものだ
現実を歪めないまでも
時間を止めることでー
結果的に変容させる
行動と多様性が肝心

そしてこうとも言っている。

街を歩いていても
シベリアは理解できない

旅行したからって、なんでも分かるわけじゃないんだと。

この作品は、旅行の記録じゃないかも知れないけれど、その土地に足を運んだからといって、全て理解できるわけではない。なんとも八方塞がりになってしまいそうだ。
だけれども、私たちに客観性への疑問を投げかけているのではないか思う。

私は、この『シベリアからの手紙』という映画を、客観的に観ていただろうか?

全くもって客観的に観ていないと思う。ワクワクしている時点で、明らかに自分からの視点で観ているから。だけど、それは映像から得られたワクワクだけではなく、クリス・マルケルが切り取るシベリアに、その言葉に、私はワクワクしたのだと思う。

映像と言葉の間にある、この隙間の中に隠された事実や現実は、もしかしたらすごく大きくて、全く見当違いな捉え方をしてしまいそうだ。それでも私から観る視点が間違っているとか、あなたから観た感覚がおかしいとか、そういう事ではなくて、見える景色は人によってちゃんと違うという事実が、この映画には隠されているのかも知れない…

そんなことを考えていたら、またワクワクしてしまった!

 

「クリス・マルケル特集2019」は46日(土)~419日(金)まで、渋谷ユーロスペースにて開催中です。『レベル5』のほか、『北京の日曜日』『シベリアからの手紙』『ある闘いの記述』『不思議なクミコ』『イブ・モンタン~ある長距離歌手の孤独』『サン・ソレイユ』『A.K ドキュメント黒澤明』の計8作品が上映されます。各作品紹介や上映スケジュールなどの詳細情報は、公式サイトをご確認ください。

 

シベリアからの手紙
1958年/フランス/モノクロ/DCP61
監督:クリス・マルケル
撮影:サッシャ・ヴィエルニ/クリス・マルケル
ナレーション:ジョルジュ・ルーキエ
日本語版字幕:松岡葉子 配給:パンドラ

 

住本尚子 イベント部門担当。 広島出身、多摩美術大学版画科卒業。映像とイラスト制作しています。