今年で第20回目を迎えた東京フィルメックス。

 本記事では、24日(日)に上映された作品、広瀬奈々子『つつんで、ひらいて』と、中川龍太郎『静かな雨』、グー・シャオガン『春江水暖』を紹介します。

 

広瀬奈々子『つつんで、ひらいて』Book-paper-scissors

Japan/2019/94min.

コンペティション部門

 『つつんで、ひらいて』は、広瀬奈々子が装幀者である菊地信義を3年間追いかけて制作したドキュメンタリーである。当初、自身のデビュー作として発表しようとしていた本作は、広瀬の父もまた装幀家であったこと、そしてたまたま家でふと手に取った本『装幀談義』が菊地の著作であったことがきっかけで撮影されたという。

 菊地はこれまで、40年以上にわたって数々の作家の装幀を手がけてきた。埴谷雄高、古井由吉、若松英輔など、菊地が本作でデザインを進めていく作品は、名だたる作家のものばかりである。広瀬は、ナレーションを排し、ときおりレンズ越しから菊地に直接語りかけながら、彼が一つ一つの作品に向き合いながら作業していくデザインの過程を捉えている。菊地はデジタルでの作業は最低限に、紙へと印刷した文字を動かしながら、アナログな方法でレイアウトを試行錯誤する。モノとしての本を身体と形容する菊地は、紙の手触りやその質感にもこだわりを見せる。

 作中で菊地は、デザインという言葉は「こしらえる」という意味なのではないかと語る。デザインは、自分のためのものではなく、他者のためのものであるのだ、と。他者へと開かれたものとしてある、ということ、それは、菊地が装幀を志すきっかけとなった一冊、モーリス・ブランショ『文学空間』にも通じるテーマでもあるのではないか。そのほかに、作家の古井由吉や、弟子である水戸部功なども出演している。

 本作は12月14日(土)からシアター・イメージフォーラムほか、全国で順次公開予定である。

 

中川龍太郎『静かな雨』Silent Rain

Japan/2019/99min.

コンペティション部門

『静かな雨』は、宮下奈都の同名デビュー小説を元にした作品であり、中川龍太郎監督の初めてのアダプテーション作品である。

 大学の研究室で研究助手として働く行助(仲野太賀)と、パチンコ店の駐車場にある屋台のたい焼き屋を営むこよみ(衛藤美彩)の物語である。足に麻痺があり、片足を引きずって歩く行助は、仕事の帰り道にいつもたい焼きを買って帰る。そのたい焼き屋を一人で切り盛りしているのが、こよみである。たい焼きを気に入った行助がこよみのお店に通うようになると、少しずつ二人は親しくなる。しかし、夜に優しい雨が降った翌日の朝、こよみは交通事故に遭ってしまう…

 本作で音楽を担当したのは、これまで細田守『おおかみこどもの雨と雪』などアニメ映画の音楽を担当してきた高木正勝であるが、実写作品を担当するのはこれが初めてだという。その音楽はとても素晴らしく、とくに雨降るシーンにおける、雨音や胸の鼓動のようにも聞こえるピアノは印象的であった。こうして挿入された曲は、作品を見ながら、即興的に弾きつつ生み出されたものであるという(またこの階段のシーンは、『おおかみこどもの雨と雪』のオマージュが用いられている)。

 こよみの母親役として映画監督の河瀬直美が出演しているが、監督はそれについて、「精霊のようなイメージ」としてのこよみの母親は、やはり浮世離れした存在感をもつ人がよいのでは、と考えたことから起用したのだと語っている。また、4 :3のスタンダードサイズを選択したのは、現代に生きるものたちの象徴としての行助が見ている世界の視野の狭さを表現したかったからだという。

本作、中川龍太郎『静かな雨』は、2020年2月7日(金)からシネマート新宿ほか全国で順次公開予定である。

 

グー・シャオガン『春江水暖』Dwelling in the Fuchun Mountains

China/2019/154min.

コンペティション部門

 グー・シャオガンの長編第一作である『春江水暖』は、浙江省杭州市の富陽を舞台とした作品である。一つの大家族とともに、この美しい土地に広がる大自然の四季と、やがて近代化していく街の様子が、見事なまでの長回しによって映し出される。

 映画は、大家族の家長である祖母の誕生日パーティーのシーンから始まる。パーティーに集まった4人の兄弟とその家族は、さまざまな問題を抱えている。しかし、パーティーの途中、主役である祖母が突然倒れてしまう。祖母は退院後、認知症のために家族の介護が必要な状態になってしまう。自閉症の息子を一人で育てている三男は、借金で苦しんでいる。次男の娘は、親の決めた相手との結婚に反対し、教師であるボーイフレンドとともに家を出ることを決める。

 シャオガン監督は、エドワード・ヤンやホウ・シャオシェンなど、台湾ニューシネマに影響を受けているという。本作品は、シャオガン監督が《清明上河図》を例にとって説明するように、ひと続きの絵巻物のように展開される横移動の見事な長回しが多用されている。ときにその長回しは、言葉を語る登場人物をフレーム外へと置き去りにし、美しい大河や木々、取り壊され、同時に建設されていく街並み、その移ろいを中心に捉えるのである。観客は、このようなカメラワークに驚嘆せざるを得ないだろう。

 本作の出演者のその多くは、監督自身の親戚であったという。監督は、予算の都合でそのようになったと語っているが、しかしそうしたキャスティングによって、富陽に住むものたちの生々しい雰囲気がよりリアルに映し出されているように感じられた。

 

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。