1月16日(木)から2月16日(日)までオンラインで開催されているマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルのレビュー第3弾です。

Duelles』(母親たち)

 ベルギーのOlivier Masset-Depasse監督による『母親たち』は、1960年代のブリュッセルに住む二つの中流階級の家庭を軸に物語が繰り広げられる。同じ屋根を持つ二つの家に住む母親たち、アリス(Veerle BAETENS)とセリーヌ(Anne COESENS)はそれぞれひとりの息子と夫ともに幸福に暮らしている。彼らはひとつの家族のように仲が良く、息子同士もまた兄弟のように育っている。
 だが、ある日、セリーヌの子マキシムが二階の窓辺に立ち、隣の庭から見ていたアリスは必死に止めようとするが彼は落下し、亡くなってしまう。この事故をきっかけにアリスは、セリーヌが恨んで自分や息子のテオに復讐しようとしているのではないかと疑念を抱き始める。アリスは次第に妄想にとらわれ、夫シモン(Mehdi NEBBOU)の母の死をセリーヌのせいだと考えたり、テオを彼女から遠ざけようとする。次々と不穏なことが起きていく中、亀裂の入った二つの家庭の間に、疑惑と妄想が渦巻いていく…。

 この映画の原題は、”Duelles”というフランス語である。本来”Duel”は「戦い」や「双数」を意味する男性名詞だが、女性名詞の複数形の語尾がついており、この映画の主題、すなわち二人の女性同士の戦いを表している。実際に映画は、二人の母親たちの疑念や駆け引きがサスペンス調で描かれ、恐怖やスリルをもたらしながら彼女たちの心理を繊細に描いている。
 だが、双数を意味するこの語が指し示すのはこの二人のことだけではない。次々と不審なことが起こるにつれ、アリスは現実と妄想、真と偽、現像と鏡像の境界がわからなくなっていく。ヒッチコックやデヴィッド・リンチに影響を受けているというこの映画は、こうした二項対立の狭間で宙づりにされる不安を巧妙に描いており、観客もまたアリスとともに惑わされる。
 このことは映画のスタイルからも表現されており、60年代ヨーロッパの郊外らしく、家や衣装は極彩色に飾られ、画面が映えて美しい一方で、真っ暗な画面のなか不穏な事件が起きる。この二面性を持ったスタイルは主題に奥行を与えている。

 また、この映画は、監督が自らの女性的な部分を反映していると語るように、女性たちの心理を丁寧に描く女性映画としての側面を持っている。彼女たちの夫は粗野でどこか暴力的であり、彼女たちの不安や寂しさに気づかず、夫婦関係は心理的な距離がある。この中流階級のコミュニケーション齟齬がさらなる悲劇を生み出していっているように思えるのだ。こうした問題をはらむ複層性もまたこの映画の魅力に寄与し、二つの家族を、60年代ヨーロッパを、構造的な性差別問題を、多面的に掘り下げていく。

 結果として、この映画を観終わった後には解決されない様々な問題にどこかすっきりしないかもしれない。だが、おそらく彼ら家族が直面した出来事とはそのように複雑で答えがなく、そして私たちもまた現実のやるせなさに立ち戻っていくしかない。そのような現実を再認識するためにも、ぜひ『母親たち』を観ていただきたい。

この作品を含め、映画祭では8本の長編映画に加え、多数の短編映画も配信中!

【第10回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル】

開催期間:2020年1月16日(金)〜2月16日(月)

料金:長編-有料(料金は各配信サイトの規定による)
短編(60分以下)-無料

配信サイト:iTunes、Google Play、Microsoft Store、Amazon Instant Video、Pantaflix、MUBI、青山シアター、Uplink Cloud、U-NEXT、Beauties、VideoMarket 、ビデックスJP、GYAO !、ぷれシネ、Rakuten TV(短編のみ)、ほか
*配信サイトにより、配信作品、配信期間が異なります。配信サイトは変更、追加になることがあります。

公式サイト:http://​www.myfrenchfilmfestival.com

主催:ユニフランス

川本瑠
96年生まれ。大学で演劇に没頭し、俳優活動などを行う。現在は文化の豊かさのための場を作ることを模索中。映画における身体性に興味があります。会社員として働きながら、知識を摂取する時間を日々なんとか確保するために奮闘しています。