本記事ではベネズエラ出身メキシコ在住のロレンス・ビガス監督による『箱』を紹介する。

父親は幼い頃に家から出ていき、母親とは死別してしまった少年ハツィンはメキシコシティで祖母と2人暮らしをしている。そんな少年は共同墓地で見つかったという父親の遺骨を引き取りに行く。遺骨の入った箱を抱えてバスに揺られていると、窓から父親にそっくりの男が歩いているのを見つけて急いでバスを飛び降りる。男はハツィンの父親ではない、と頑なに否定をするが、ハツィンは自分の父親なのではないか、という期待混じりの疑いを捨てきれない。遺骨の入った箱を人違いであった、と再び共同墓地に返し、ハツィンは父親そっくりの男・マリオについていくことに決める。映像はハツィンの視線を追うようにして続いていく。

マリオは工場に労働者を斡旋する組織の代表を務めていて、ハツィンもマリオの仕事を手伝うことになる。はじめはハツィンを煙たがる様子のマリオであったが、ハツィンが仕事に慣れてくるに従い2人の心理的距離も少しずつ近づいていくようであった。父と息子の、婉曲的で一見すると突き放すような愛情がかすかに感じられた。しかし仕事について知るにつれ、マリオの組織が労働者を低賃金の劣悪な環境で扱っていることが分かるようになる。脱走や反発をする労働者に対してマリオは手荒い対応を取り、ハツィンにも犯罪行為に手を貸すように強いる。ハツィンは犯罪行為に手を染める前に、同居していた祖母に「愛している」と電話をかける。本作が撮影されたのはメキシコ・チワワ州のフアレスという街である。フアレスは麻薬カルテルが横行する危険な都市としても知られている。

ついに再会が叶った父と思われる人物との離れがたさと、犯罪行為へ手を染める事への心痛およびマリオへの不信感との間でハツィンの感情は揺れる。映像にはときどきメキシコの広大な土地を映すロングショットが挿入される。乾いた風が吹く大地がハツィンのひとりぼっちの心を言葉を持たずして語っている。”箱”は父親の不在による埋めがたい喪失を象徴しているように見えた。”箱”のつくりは堅固で、その中身は外側からはけして窺い知れない。

 

≪作品情報≫

アメリカ・メキシコ

2021/カラー/92分/スペイン語

 

川窪亜都
2000年生まれ。都内の大学で哲学を勉強しています。散歩が好きです。