本年の東京国際映画祭オープニング作品『クライ・マッチョ』。クリント・イーストウッド監督の第40作にして監督デビュー50周年記念作品でもある。監督は、コロナ禍で撮影された本作が「映画業界に、勇気と強さをもたらす作品の一つになれば」と言葉を寄せた。また、作品を通じて「私が信じる”本当の強さ”を感じてもらえるとうれしい」とも。

監督自ら演じる主人公マイクは、落馬事故で全てを失った元ロデオ界のスター。テキサスで孤独なひとり暮らしをおくっている彼のもとに、元雇い主から「別れた妻と暮らす息子・ラフォをメキシコから連れ戻してほしい」という依頼が舞い込む。ほとんど誘拐にあたるこの依頼だが、ロデオの仕事を失った時に助けてくれた彼に借りがあると感じるマイクは依頼を受けることに。遊び人の母親に愛想を尽かし家出状態にあったラフォを何とか見つけたマイクは、彼女の放った追手やメキシコ警察に追われながらもアメリカを目指す。御年91歳のイーストウッド演じるマイクとメキシコの新星エドゥアルド・ミネット演じる14歳のラフォのロードムービーだ。

※以下、映画の内容を含みます※

あらすじを読んだ段階では、過去の栄光にとらわれ人生を見失ってどん底にいる主人公が、少年と心を通わせ前向きな生き方を見つけていくようなストーリーかと思っていた。しかし、予想に反してマイクの未練や葛藤のようなものは描かれない。マイクは、「昔と違って今は落ちぶれた」と心ない言葉を浴びせられても憤慨しないし、犯罪スレスレの依頼を「借りがある」の一言ですんなり受けるし、メキシコで足止めを食らってもあっさり地元の生活に馴んでいく…主人公が運命に抵抗することなく物語が進んでいくのだ。

見た目はいかにもマッチョなカウボーイのステレオタイプでありながら、彼には決して頑固なところがない。そのギャップにしばし戸惑いもあった。しかし、映画が進むにつれてマイクの行動に納得ができた。彼が体現している「強さ」は「運命を受け入れる強さ」なのではないだろうか。

映画の中に、「マッチョは過大評価されている」というセリフがある。カウボーイの矜持は、肉体的な屈強さでも、何かに抗うことでも、支配的になることでもない。歳をとり、かつてのような肉体的な強さを失っても、荒馬のならし方や動物の扱い方、野宿や料理の仕方など、そういったカウボーイの資質は決して失われることはない。過去と現在の自分を比較して悲観せず、変化を受け入れる姿こそ彼の体現する「強さ」なのだ。

マイクは、この映画で描かれる時点よりずっと前に過去とは決別し、運命を受け入れる覚悟ができていたのだろう。事故により全てを失った時は酒や薬に溺れていたようだが、それは彼にとっては過ぎ去ったことなのだ。元雇用主にも「いつか必ず借りを返す」と決めていたから二つ返事で依頼を受けたのだろう。彼には、自分の身に起こる変化をすべて受け入れる覚悟がある。だからこそ、意地をはって助けを拒むもことなく、差し伸べられる手をつかみ、新たな幸せにも足踏みをすることはなかったのだ。

そんな姿は、ラフォにも変化を与える。ラフォははじめ、父親からの連絡に心を躍らせながらもアメリカに行くのが正しい選択なのか悩み、父親が自分を利用しようとしていることがわかると憤慨する。しかし、最後には利用されると知りながらもアメリカで新たな人生を歩むことを決める。完璧な選択なんてないのだから、何があっても柔軟に適応して生きていくと覚悟を決めることだと、ラフォはマイクの背中から学んだのだ。最後に、ラフォは“マッチョ”と名付けて大切に育ててきた雄鶏をマイクに託す。ラフォが自らに課し、足かせにもなっていたマッチョな生き方と決別したことの表れだろう。そして、マイクの生き方こそが真のマッチョであると伝えたかったのかもしれない。

アメリカ的な男性性について、自らが象徴する存在でありながらも、疑問を投げかけ続けてきたイーストウッド監督。そんな彼が本作で“マッチョ”とは何かを再定義すること、真の強さについて表現することは、とても意義深いことのように感じる。イーストウッド監督が映画作りをやめない理由。それは、今の彼だからこそ体現できるメッセージがあるからにほかならない。そのことを強く感じた映画だった。

≪作品情報≫
『クライ・マッチョ』 2022年1月14日(金)公開
2021年/カラー/104分/英語/アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
キャスト:クリント・イーストウッド
     エドゥアルド・ミネット
     ナタリア・トラヴェン

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北島さつき

World News担当。イギリスで映画学の修士過程修了(表象文化論、ジャンル研究)。映画チャンネルに勤務しながら、映画・ドラマの表現と社会の関わりについて考察。世界のロケ地・スタジオ巡りが趣味。