本記事では、大九明子監督・綿矢りさ原作の『私をくいとめて』を紹介する。ワールドプレミアとなる本映画祭内での上映では、上映前に主人公であるみつ子役ののん、その友達である皐月役の橋本愛、みつ子が恋をする相手となる多田くん役の林遣都らによる舞台挨拶があり、上映後には大九監督によるQ&Aも併せて行われた。

『私をくいとめて』

(日本/2020/カラー/133分/日本語)

主人公であるみつ子は31歳の会社員。社内で心を許している社員はそう多くはなく、住まいも一人暮らし。休日も誰かと過ごすでもなく、様々な場所に意気揚々と1人で赴く。そんなみつ子は1人でいることを、半ば誇りを持つようにして”おひとりさま”と呼ぶ。合羽橋道具街で食品サンプルをつくるワークショップに参加したかと思えば、雑誌に掲載されていたサンドイッチを買って家族や恋人同士で賑わう休日の公園でピクニックをする。みつ子は”おひとりさま”としての行動半径をどんどん広げていく。その背後には、1人行動を後押ししてくれる力強い味方の存在がある。それはみつ子の脳内に生まれた相談役”A”のことである。AnswerのイニシャルでもあるAはその名の通り、みつ子が人間関係や身の振り方で悩んだ時にいつでも正しい答えをくれる。それだけではなく、みつ子の愚痴や軽い冗談などにもすべて応じてくれるAはみつ子にとって最高の話し相手でもある。悩んだ時は、みつ子はいつでも脳内のAに呼びかける。「ねぇ!A!答えてよ!」と。1人でどこへでも行けるし、寂しくはない。困った時はAに相談すればいい。過不足がないと思われたみつ子の生活。しかしそんな生活を揺るがす1人の男が登場する。それはみつ子の会社に出向いている年下の営業マン多田くん。家の近所でばったりで出会い、お互いの家が近いことが分かった2人は、みつ子が多田くんにパック詰めした手料理を定期的にお裾分けする、という少し不思議な関係性になっていく。腕によりをかけるようになり、気が付けば多田くんが料理を受け取りに来るのをウキウキ待つようになっていたみつ子。自らの内部に目覚めた気持ちに名前を付けようとすると、それは恋と呼ぶらしかった。安定した”おひとりさま”生活の中で、感情や行動を意のままにできない他者と向き合わなければならない恋は大きな不安定要素である。躊躇いながらもみつ子は、内に芽生えた恋、そして多田くんという存在と対峙していこうとする。

登壇する大九明子監督

原作は2016年より朝日新聞内で連載されていた綿矢りさによる同名小説。大九監督が綿矢作品を映像化するのは、2017年に松岡茉優主演で公開された『勝手にふるえてろ』以来のことである。大九監督はEXシアターで行われた舞台挨拶にて今回の映像化の経緯について

「『勝手にふるえてろ』を仕上げている時期に、いろいろな人から綿矢さんの新作についての評判を聞いた。『勝手にふるえてろ』では主人公のモノローグで書かれた小説を会話調に開いて演出したが、新作では脳内のAと話すという形で既にそれが小説内で行われているらしい。すぐに書店に走り、読むと、色に溢れたカラフルで楽しい読書体験となった。私の好きな綿矢文学の世界を他の人が映画にして、期待しているものと違うものになったら嫌だな、と思ってすぐにシナリオを書いてしまった」

と話した。物語ではみつ子がローマに住む親友・皐月に1人で会いに行くシーンがある。この海外一人旅はみつ子の”おひとりさま”としての行動半径が最大になるという重要な意味合いを持つ。しかし海外渡航のままならないこの時勢では、俳優陣を連れての現地での撮影が難しかった。風景映像はカメラマンと大九監督が指示を出しながら、リモートで撮影を行った。

「いろいろな人の出会いと別れの中で、Aと一緒に脳内を冒険するようなスケール感のある旅をしていただきたいという想いも込めて作った。いろんなことがあって撮影も中断した。今日という日を迎えられて大変うれしい。みつ子とお客さんをローマに連れていくんだ!という意地のような思いもあった。旅するような気持ちで映画を楽しんでほしい」

と語った監督の言葉が印象的だった。

EXシアターにて、出演陣と監督

みつ子役ののんは「今日いらしてくださったみなさんの中にもみつ子的な部分はあるんじゃないかと思う。そんな部分を全肯定してくれる、観終わった後に気分良く劇場を出ていっていただける作品だと思う」

皐月役の橋本愛は「人と関わることがどれだけの努力が必要で、そんな苦しみや痛みを乗り越えて人と人がつながっているんだということを改めて感じてもらえればいいな、と思う。頑張るみつ子の姿に勇気をもらってほしい」

多田くん役の林遣都は「本作には一度では味わいきれない面白さがある。大九監督ワールドはユーモアと遊び心が満載で何度も観ていただきたいと思っている」

とそれぞれ語った。

人と関わることは苦しい。特にみつ子のような、嫌なことは何としても嫌だし、許せないことは何としても許せないというようなある種の正義感を持った人物なら尚更だろう。自らの外側に柵を設けて、心の中でそんな事柄に対する呪詛を吐いていれば傷つくこともない。しかしそんな独白を続けているうちに、ただ自らの内面を去来するのみで世界に背を向けたままの臆病な自分自身の姿に出会うことがある。そんな出会いの果てに自分自身のことも嫌いになってしまいそうなときこそが、外側に設けた柵を築きなおす機会なのではないだろうか。もちろん、一度にすべて壊してしまうことはできないから、時間をかけながらゆっくりと自分に合った高さにしていくのだ。人を知ることは世界を知ることでもある。

 

公式サイト

https://kuitomete.jp/

キャスト

のん…みつ子 林遣都…多田くん 橋本愛…皐月 臼田あさ美…ノゾミさん 片桐はいり…澤田 若林拓也…カーター 岡野陽一…商店街のコロッケ屋店主

上映情報

12月18日(金)より、全国で順次公開

 

川窪亜都
2000年生まれ。都内の大学で哲学を勉強しています。散歩が好きです。