本記事ではTOKYOプレミア2020部門から、ハラスメントをきっかけに展開するある職場の人間関係に焦点をあてた意欲作『ある職場』を紹介する。

 

『ある職場』(日本/2020/カラー&モノクロ/135分/日本語)

あるホテルチェーンの女性スタッフが上司からセクハラを受けたという実在の事件をもとに、その後日談をフィクション化。事件をうやむやに処理する上層部、噂が肥大化する職場。ネットやSNSが誹謗中傷で炎上する二次被害にまで発展し、スタッフの人間関係にも亀裂が入る。そんな時、ある社員の発案で有志が集まり、湘南の社員保養所へバカンスに行くことに。ぎくしゃくしている人間関係も改善できればという善意の企画だったのだが…

今作は『ある職場』という題名ながら、その物語の大部分が職場を離れた地で展開される。上司や同僚、さらには同僚の恋人や知人のライターなどが集まる海を臨む保養所。セクハラと二次被害の深刻さ、さらにそうした被害を生む土壌が浮き彫りになるのは、職場から離れたレジャースポットであり、主人公のために設けられた善意の場であった。

ひとつの部屋に10人弱、そこで交わされるのはまさに生きたやり取りだ。どのような人物がどのような信念からその言葉を発するのか。一つの言葉、些細な仕草や表情が互いに作用し合うさまは、どこを切り取っても、どこかで見たことのある光景のように思われる。

自分の言葉がどんな意味をもつかなど、その都度考えていたら円滑なコミュニケーションなど取れないというかもしれない。私たちはたしかに、彼らの自然な会話のなかに「いかにもありそうなやり取り」を見る。しかし一つ異なるのは、映画として経験されるそのやり取りにおいては、言葉の持つ意味が普段とは違った仕方で、その都度私たちに鋭く突き刺さるということだ。というのも、本作はその物語の構成上、ハラスメントの一次被害と二次被害の関係性をより強く打ち出すものとなっている。3つのパートに分かれて展開される物語と時系列の変更が、何層にも積み重なるハラスメント被害の深刻さにさらなる重みを持たせる。
些細な言動や良かれと思って発した一つ一つの言葉の中には、その人自身の信念や生き方が現れ出る。その生きた言葉たちはあまりにリアルであるために、観ているこちらはつい頭を抱えてしまう。その言葉の破片が誰かの心にその都度突き刺さっていることを学ぶからだ。

本作は職場の外側を舞台とすることで、ハラスメントの背後にある対人関係のもつれ、性や恋愛感情にまつわる困難さを描いている。だれがどのような意図でその言葉を発し、それが他者にどのように受け取られうるのか。それぞれの信念と感情、そこから派生する行動が、相手に何をもたらすのか。多くの人物が登場しながらも、それぞれの関係性とその関係の媒介となる言葉や振る舞いが、即興ながらも、緻密に描き出されている。

ハラスメントは結果的に企業単位で大きな損失を生む事件となりうるが、第一に苦しむのは他でもない、当事者である。そして誰もその当人にはなりえない。「最後まで闘って正しいことをしよう」「はやく部署を移った方が幸せになれる」。どんな言葉も当人を苦しめている。そしてその苦しみを強いているのは、発言者だけではなく我々が作っている社会だ。間違った行いが罰せられない現状、被害者が闘うことのできない現状、現状を自ら変革することができない現状、そうした社会レベルの問題が、個人レベルの対人関係の困難さと並行して浮き彫りにされる。本作はこうした多面的な社会問題を、10人ほどの複雑な人間関係を通して、我々が生活している次元にまで落とし込んでくれる。

監督、脚本、撮影、録音、編集のすべてを務めている舩橋淳監督は、処女作『echoes』(2001)で仏アノネー映画祭審査員特別賞・観客賞を受賞。主演にオダギリジョーを迎えた『BIG RIVER』(2006)は、ベルリン、釜山映画祭等でプレミア上映された。さらに、福島原発事故を描いた『フタバから遠く離れて』(2012)、メロドラマ『桜並木の満開の下に』(2013)はベルリン映画祭へ5作連続招待されるという快挙を成し遂げた。日葡合作『ポルトの恋人たち 時の記憶』(2018)では柄本佑がキネマ旬報最優秀男優賞を受賞している。

今後の上映は11/8(日)11:00-TOHOシネマズ六本木ヒルズで予定されている。本作はハラスメントへの関心の有無にかかわらずぜひ多くの人に見てほしい作品だが、映画内にハラスメント描写が含まれているため、当事者は鑑賞前に注意が必要だ。

 

 

小野花菜 現在文学部に在籍している大学3年生です。趣味は映画と海外ドラマ、知らない街を歩くこと。