本記事では内山拓也監督・脚本、横川岳企画・脚本『佐々木、イン、マイマイン』を紹介する。

 

『佐々木、イン、マイマイン』

(日本/2020/カラー/118分/日本語)

自他の境界を侵していくのが恋人なのだとしたら、近しいところにいながらも侵すことのできない境界を持つのが友達なのだろう。袖摺り合っても決して交わることはできなくて、そんな友達といながらも感じる孤独は1人でいるときの孤独よりも深い。本当の言葉を胸の奥に隠したままで、昨日見たテレビバラエティのこととか、気まぐれに思いついた言葉遊びのことなんかを話している。

『佐々木、イン、マイマイン』は、そんな、悲しさを覆い隠すようにしていつまでも、ふざけたダンスを踊ってしまう私たちに捧げられた物語だ。俳優志望、27歳の悠二。そんな悠二の高校の同級生が多田、木村、そして佐々木である。高校時代の仲間であった4人の、当時と現在、少し前の過去が編み込まれるようにして物語は進んでゆく。

”佐々木”はいわゆるクラスのお調子者である。悠二たちの仲間内では”佐々木コール”と呼ばれるものがお約束のノリになっている。佐々木に向かって、「ササキ!ササキ!」と叫ぶと佐々木は制服を脱ぎだして全裸になり、狂ったように踊り出す。教壇の上で全裸になって、女生徒に教師を呼ばれ、そのまま教師から逃げるようにして学校の廊下を全速力で駆け抜ける佐々木。そんな佐々木の姿に、学生時代の近しい固有名詞がぼんやりと重なる人も多いのではないだろうか。悠二たちは放課後も佐々木の家に集まって、サッカーチームの名前はすべて、セリエに国名のイニシャルをつけるので統一した方がいいだとか(日本だったらセリエJになる)なんとか話しながら延々とテレビゲームをしたりボードゲームをしたりする。雑然とした佐々木の家には母親の影がない。たまに顔を見せる父親はどこかくたびれていて、そんな父親が仲間の前に顔を出すと佐々木はバツの悪そうな顔をして、それを払拭するようにしてすぐにいつものお調子者の顔を覗かせる。いつまでもつづいていくように思われた平穏な日常には、佐々木の身に降りかかる”ある出来事”がきっかけとなって、わずかばかりに響いていた不協和音が顕在化してゆく。

”佐々木”には実在のモデルがいる。それは佐々木役を演じた細川岳自身の高校時代の友達である。細川にとって”佐々木”は、俳優として活動していくと決めた自分を鼓舞し続けてくれるような存在であるという。この先、演技の道に邁進しようと決意したときに、自らの中に記念碑的な存在としてあった”佐々木”を映画にしよう、と決めたのだそうだ。監督を務めた内山拓也に細川が企画を持ちかけたのが、およそ3年前。悠二ら登場人物と同じく1992年生まれである内山は23歳の時に初監督作『ヴァニタス』で長編デビュー。近年はKing Gnuのミュージックビデオや広告を手掛けているほか、11月6日からは監督した中編映画『青い、森』がアップリンク吉祥寺ほか全国で公開される。内山と細川はおよそ3年間、他の仕事と並行しながらこの『佐々木、イン、マイマイン』の脚本を2人で書いてきた。

細川自身のごく個人的な記憶が着想の元となっているこの映画は、観るもののごく個人的な記憶をも喚起させる。高校の時のクラスメイトの体操着から香る柔軟剤の匂いとか、クラスメイトの誰にも話せない気持ちを抱えたまま見る教室の窓からの景色とか。あるいは、仲のいい友達と口々にふざけ合うときの喧騒とか、本当のことを話し出す前の静寂とか。(この映画はそんな喧騒と静寂の緩急がとても美しい。)

劇中で、俳優志望の悠二はロング・グッドバイを下敷きにした演劇を演じている。その劇のなかにはこんなセリフがある。

「お前はいつもさよならを言っている、なぜならそれが人生だからだ。それは長い長いさよならだ。そしていつか最後のさよならに辿り着く、それは自分自身とのさよならだ。」

私たちはいつもさよならを言っている。先に挙げたような、高校時代のクラスメイトの柔軟剤の匂いはもう嗅ぐことはできないし、高校の教室の窓からの景色はもう永遠に見ることができない。”ササキインマイマイン”という言葉をはじめに聞いた時は呪文のようだと思ったけれど、物語の終盤になってやっと、その意味が分かった。”ササキインマイマイン”は”Sasaki in my mind”であったのだ。それぞれにとっての”佐々木”がきっと、私たちの胸の中にはいる。ごく個人的で些末な記憶をインマイマインして、覚えたままでいることはおそらく、さよならだらけのこの悲しい世界への抵抗であるのだ。

 

 

公式サイト

https://sasaki-in-my-mind.com/

キャスト

藤原季節…石井悠二 細川岳…佐々木 萩原みのり…ユキ 遊屋慎太郎…多田 森優作…木村 

小西桜子…一ノ瀬 河合優実…苗村 井口理(King Gnu)…吉村 鈴木卓爾…佐々木正和 村上虹郎…須藤

上映情報

2020年11月27日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国で公開

 

川窪亜都
2000年生まれ。都内の大学で哲学を勉強しています。散歩が好きです。