東京フィルメックスのレポートをお届けいたします。

 第3回目は、11月20日(火)に上映された、ホン・サンス『草の葉』、ホー・ウィディン『幸福城市』、アミール・ナデリ『マジック・ランタン』の3作品を紹介します。

・ホン・サンス『草の葉』Grass

韓国 / 2018 / 66分

 ホン・サンスの新作『草の葉』は、モノクロで撮影された中編映画である。クラシック音楽が流れるカフェのなか、向かい合う男女が何やら言い争っている。キャメラがパンをすると、カフェの隅にいる一人の女性(キム・ミニ)がパソコンに向かいながら、その男女を観察し、彼/女らについて考察をしている。ついでキャメラはまた別の席の男女を映し、キム・ミニはその二人に関しても観察し考察を行う。

 多くのシーンがカフェの内部で展開されているこの作品は、カフェの隅にいる女性が他の客を批判的な眼差しで観察するという映画であるが、超越的な視点に立っていると思い込んでいる女性自身もまた、誰かに観察されている存在であるということが描かれている。これまでのホン・サンス作品と同様の会話劇ではあるが、パンやズーム、ピントやフレーミングなどの手法に新しいものを感じた。これまで観たホン・サンス作品の中では、一番面白く観れたような気がする。

 

・ホー・ウィディン『幸福城市』City of Last Things

台湾、中国、アメリカ、フランス / 2018 / 107分

 コンペティション部門の『幸福城市』は、マレーシア出身で現在は台湾で活動している映画監督ホー・ウィディンの長編第3作目である。

 2056年の台北では科学技術が進展し、それぞれの身体にはモニターや心電図、個人を識別チップが埋め込まれ、人々は徹底的に管理されている。主人公は、心に葛藤を抱える初老の元刑事・チャン。ダンスホールでは、チャンの妻と男が情熱的なダンスを行なっている。チャンがダンスホールに入り、踊る二人に近づくと、妻と踊るその男を殴りつける。それからチャンは娘、そして外国人娼婦に会いに行く。またチャンは変装をし、ある男に復讐しに向かうのだった…

 トロント映画祭のプラットホーム部門で上映され、最優秀作品賞を受賞したというこの作品は、三部(四部)に分かれており、第一部では2056年のチャンの物語が、第二部では刑事の青年期が、第三部で少年期が描かれている。

 監督によると、映画の全編をフィルムで撮影したというが、これは現像所で発見された期限切れのフジ・フィルムを使用しているのだという。美しく雰囲気のある色合いは、これによってもたらされているのだろう。またホウ・シャオシェンの『悲情城市』を想起させるタイトルは、中国で消費者を惹きつけるためにしばし使用される「幸福」という言葉を用いたのだという。

・アミール・ナデリ『マジック・ランタン』Magic Lantern

アメリカ / 2018年 / 88分

 イラン出身の映画監督アミール・ナデリ特集を行なっている今年の東京フィルメックス。『マジック・ランタン』は、ナデリ監督が久々にアメリカで撮影した最新作である。主人公の若者ミッチは、古びた映画館で映写技師として働いている。この映画館は改装を予定しており、最後のフィルム上映を行おうとしている。この映画のタイトルは『マジック・ランタン』である。ミッチが映写機にフィルムを装填し、映写が開始される。そこに映るのは、ミッチ自身であった。スクリーン内のミッチは、ロサンゼルスで古着屋の店員として働いている。ある日、一人の美しい女性が帽子を買いに現れ、ミッチはその女性に魅了されるのだった…

 ヴェネチア映画祭で上映されたこの映画は、今年のフィルメックスでも上映されたナデリ監督の初期作品『期待』Waitingの続編として撮影されたという。それは、物語の後半で登場する手のショットにおいて現れているだろう。

 この作品は夢と現実とスクリーン内外とを自由に行き来する多層的で幻想的な作品であるが、ナデリ監督によると、本作もまた溝口健二の影響、とくに『雨月物語』を参考にして制作を行ったという。18日に上映された『期待』同様、映画内で使用される音声が強烈に印象に残っているが、ナデリ監督は音声にこだわりを持っており、音声soundを音楽musicのように使用して映画を制作したのだという。

 

板井 仁
大学院で映画を研究しています。辛いものが好きですが、胃腸が弱いです。