『若き詩人』

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まるで空気がそのまま溢れてくるような、たくさんの音と当たり前すぎる風景。風の音、虫が鳴く音、レミの履いているボロボロのサンダルがペタペタと石畳に響く音。波が繰り返し打ち寄せ、夜になった街に吹く昼間とはまた違って微かな肌寒さを持った風。それらをすべて感じることができるのだ。眩しそうに顔をしかめる。海はまるでレミの感じている焦燥感なんてないかのようにのんびりと彼が悩む背景をゆったりと流れていく。街は静かだ。

偉大な詩人になるべく、夏の暑い街を歩き回りながらレミはインスピレーションを求める。詩を書くとは、それを通して彼は何をみようとしていたのか。彼はとても不器用。そんな言葉がぴったりなレミ。でもそれはきっとわたしたち全員に当てはまるであろう、大切な言葉だ。何をしていいのかわからない。どんな風に好きな女の子に接すればいいのだろうか。詩を書くのにはどうすればいいんだろう。一応それっぽく、ノートとペンを持って街を歩く。海へ潜る。見知らぬ人に声をかける。強いウォッカを飲み干して、創造性を得ようとする。

とても不器用で、でも彼なりに何かを見つけようとしている姿がそこにあって、それを観ている私たちにも彼は問う。あなたは、どんな風に生きたいのかと。少なくとも自分にはそのような声がした。いつも迷って、不安で、向き合うのが怖い、それこそレミが感じていたものを私も同じように感じていた。それは彼の仕草や表情、数少ないセリフから出てくるものであったり、その場の空気感であったり。何も特別なことは起こらない。でも確かに何かが変わっている。動いている。彼が一夏を終える頃にそこに残るものは、多分最初にあった彼とはまた大きく違ったものである。明確な答えは必ずしもでないかもしれない。でもそれでも大丈夫。そんな声がした気がした。

なんでもあっという間に過ぎ去っていって、気づいたら一日が終わっていて、そんな地続きであるような毎日の中なのにぼんやり、ゆっくりしているのか、何をしていいのかわからないという焦りがあるのか、観ているとその両方が混ざり合って、綺麗にそこに共存していると言う不思議な感覚に陥る。これはきっと悩んだり、何かを模索している時の感覚に近いのだろう。その感覚をこう視覚化することによって、改めて自分達は人生という流れの中に生きているんだなと思う。レミは詩人になるというレンズを通してそれを見せてくれた。そのまっすぐな向き合い方と同時に、ユーモアは忘れない。それはレミの不器用さからくるものだが、とても自然でクスッと笑えるが心がほっと温まる。これは観たあとに感じるもの、そしてそのまた未来に観て感じるものと、どんどん変わってくような、一緒に成長していける作品。素朴で、不器用で、スローなんだけどゆっくりガツンときます。

ついに『若き詩人』が11/28から大阪シネ・ヌーヴォにて公開されます!併映される『犬を連れた女』は本編主演のレミ・タファネルが14歳の時、今回の長編から4年前に撮られたものです。短い時間、限られた空間にたくさんの感情が静かに一気に駆け巡るインパクトある作品です。

mugiho
早稲田大学在学中。
日本国内を南から北へ、そして南半球の国を行き来していまはとりあえず東京に落ち着いています。ただただ映画・活字・音楽・書くことが好きな人間です。物語を語るということが好きなものにすべて共通していて映画もそこに一番惹かれます。知識などもなくまだまだ学ぶことがたくさんありますが自分なりの映画の見方を持ちながらどんどん学んでいきたいです。好奇心旺盛で飽き性な人間で集中力が乏しいのがいまの課題。最近、短編を書き始めました。