イランの人気女優ジャファリのもとに、見知らぬ少女のメッセージ動画が送られてくる。女優になりたいというその少女は、芸術大学に合格したものの周囲からの猛反対によってその道が断たれたことを訴えていた。さらにはジャファリに何度も助けを求めてメッセージを送ったのにまるで相手にしてもらえなかった、もう自分はこうするしかないと言って首を吊ってしまう。全く身に覚えのないジャファリは、映画監督のパナヒとともに少女の住む村を訪ねるが…。
ジャファル・パナヒの最新作『ある女優の不在』は、ある少女の自殺を巡ったサスペンスのような語り口で、同時に過去にイランの役者たちの辿ったある歴史や、女性の置かれた境遇を物語っている。
先月開催された第20回東京フィルメックスでも上映された本作が、現在劇場にて公開されている。同映画祭審査員としても来日した主演女優のベーナズ・ジャファリに、作品について、またその題材となったイラン革命という変化や、女優という存在について話を尋ねた。

本人役での出演、動画メッセージ

―映画では、パナヒ監督もジャファリさんも本人役で出演していますが、このようなかたちで映画に出演することになった経緯を教えてください。

撮影までどういう経緯だったかというと、パナヒ監督から脚本を受け取り、それを読んですぐ──本当にすぐ、一時間後には監督に会いました。そして次の日にはもう現場で撮影に入っている、というような感じでした。自分で本人役を演じるというのは、パナヒ監督はよくやっていることですが、私としても抵抗がありませんでした。ちょうどそのとき、自分の出演していたテレビドラマが全国放送で流れていたのですが、パナヒ監督の書いた脚本の中でも、女優が村を訪ねると、みんなテレビを観ているから顔を知っていて「ああ、テレビに出ているあの人だ」と集まってくる場面がありますよね。あそこをリアルに撮りたかったんです。本人役、自分の名前で出ることに全然抵抗はなかったですし、それは面白いと思います。私の出ていたテレビドラマは、次から次へとふたつのシリーズが放送されていたので、かなり奥の村の人まで私のことを知っていました。それが監督の狙いだったんです。

―映画冒頭の少女からの動画メッセージは、実際に色んな人からメッセージが届くことに着想を得たパナヒ監督の創作だと伺いましたが、周囲の反対によって自分の望んだ道に進めない、という状況はイランではよくあることなのでしょうか。

私が聞いたところでは、パナヒ監督はどこかの新聞で、ある父親が役者になりたがった自分の娘を殺してしまった、というニュースを読んで発想を得たそうですが、正確に監督が何と言ったのかはわかりません。ただ、自分の道を歩んでいきたいんだけど親や環境が障害になっている若者は、ネットを使ってとにかく有名な人に助けてください、お金をくださいとメッセージを送ります。例えば今の時代だと、性転換の手術をしたいからお金をくださいだとか、そういったメッセージは有名な人のところには来ますし、私のところにも来ます。ブロックして返事はしないのですが、若い世代は切羽詰まると、この人だったら助けてくれるんじゃないか、とどんどんメッセージを送ってくるんです。ただ、それは自分が変化を求めているものの家族が邪魔になっているという状況なので、数としてどれくらいいるのかはわかりませんが、メッセージが来ること自体は、そんなに驚くようなことではありません。

イラン革命と役者たちの不在

―革命によって追われ、今では村に隠遁しているシャールザートという女優が登場しますが、イラン革命後にイランの映画界に起きた変化について教えていただけますか。

革命が起きると、どの国にも文化的な変化が起きるものだと思います。それまで美術や芸術の世界で行われていたことが、革命によってひっくり返り、全く違うものになってしまう。それによって、変化を受けなければならない、一番犠牲になるのはクリエイティブに発言をしていく芸術家ですよね。役者も映画監督もそうです。革命によって人々の好みを変えないといけない、つまり芸術も変えなければいけない、となったとき、そこでは変化を受け入れた人たちが残りますが、受け入れられなかった人たちというのはそこから外されてしまうんです。映画に登場するシャールザートというのは、スター的な女優ではありませんでした。主役というよりも脇役のダンサー役などを演じていた女優ですが、勿論彼女の身にも、そういった変化は大きく起きたと思います。

―邦題は『ある女優の不在』ですが、英語のタイトルである“3FACES”(三つの顔)という言葉は、先ほどのシャールザート、ジャファリさん、そして女優になりたい若いマルズィエの3人のことを指しているのではないかと思いました。この三人は、映画のなかでイランの女優の三世代のあり方としても描かれていたと思いますが、それについてはいかがでしょうか。

日本のタイトルがこうなっているのは、私にはあまりわからないです。けれど”3FACES”というのは、三人の女性ではなくて、過去・現在・将来のことだと思います。
映画の後半、女優がある老人と会っていますよね。あの老人との会話のなかで、彼こそが私の英雄だ、と老人が名前を挙げる、ベヘルーズ・ヴスーギという俳優がいます。彼は今は海外にいますが、革命前は本当にイランの大スターだったんです。だから私個人は『ある役者の不在』だったら意味がわかるのですが、『ある女優の不在』というタイトルはわからないです。なぜなら彼女──シャールザートは全然有名な人ではなかったんです。女優としてはスターではなかった。ヴスーギは今はアメリカにいますが、彼はイランのみんなの英雄でした──アッバス・キアロスタミ監督がカンヌ国際映画祭で受賞したとき、壇上で「彼に捧げます」と言っていたくらい、本当に英雄なんですね。だから「不在」というのが彼のことを指しているならわかるのですが…「女優の不在」と言っているので、これは私にはわからないです。

―”3FACES”というのは、過去・現在・将来のことだと仰っていましたが、シャールザート、ジャファリさん、マルズィエの存在は、それぞれ過去に活躍した女優、今現在女優として生きている人、将来女優になろうとしている若い人、とも言える気がします。

私は女優とは切り離して、過去・現在・将来という時間のことだと思っています。役者ももちろんそうですが、人はみんな歳をとると、どんどん過去の人になってしまいますよね。過去の人になってしまうんだけれども、将来の若い人たちに向けた道を作った人でもあるというように思っています。今はどんどんテクノロジーが進んでいて、役者というのは将来どういう風に扱われるかわからないですよね。私は役者として、この作品のようにリアルな演技──リアルなキャラクターが演じられれば良いとは思ってはいますが、この世界に残るために、過去の女優たちの人生をちゃんと見つめなくてはならないとも思っています。つまり、彼女たちの経験したことを、聞いたり読んだりして、知らなくてはならないということです。

女優という職業について

―ジャファリさん演じる女優は、最後にマルズィエのことを受け入れます。彼女たちが言葉をやり取りする場面は映画のなかであまり多くはありませんでしたが、もし本当に、マルズィエのような、女優になりたいけれどその道に進めないという女の子に会ったら、ジャファリさん自身はどのような言葉をかけたいですか。

もしマルズィエと実際に話すような場面があれば、絶対にやめなさいと言うと思います。なぜなら彼女は、道を作ったりする、すごくエネルギーのある人ですよね。村のために道を作ったり、何かをするようなエネルギーがあるなら、自分の村の人を助けてほしいと言うと思います。なぜなら役者になるというのは、みんなが有名になれるとか、運よく何か出会いがあるというようなことは滅多にないので、そのエネルギーが無駄になってしまう。そのエネルギーがあれば、他の道に使ったほうが絶対にいいと思います。実際、役者になりたい人というのはある意味自己満足なんですよね。要するに、自分を見せたい、ショーしたいんです。だから、自己満足のためにそのエネルギーを使うのではなくて、人のために使いなさいと言いたいです。

─パナヒ監督と話すなかで村の人々は、マルズィエが目指す女優という職業を芸人と言い、あの子は遊んでばかりだ、もっと人や生活の役に立つようなものを目指せと言いますね。役者が映画に出ることには、どのような力があると思いますか。

役者には魅力的なキャラクターはもちろん、生まれつきの才能がないとなれないとは思いますが、それだけでなく、自分の周りだけじゃなくもっとグローバル的に世界を知ることが必要になるんです。なぜなら、私たちが舞台のステージ上や映像のなかで演じる役というのは、観る人みんなが自分の夢をかけたり、自分を置き換えて考えてしまったり、または自分のヒーローにしてしまう、そういう人物を演じているからです。そのくらい私たちは、観る人に新鮮な世界を見せなくてはいけない。新鮮な世界を見せるためには、我々は全ての世界を隅々まで知る必要があると思いますし、知識ももちろんあって、それについてものすごいエネルギーと努力が必要なんです。だけどみんな簡単に役者になれると思っています。実際は全然簡単なことではないのに──だけど映画監督よりも、撮影監督よりも、役者になりたいと皆簡単に言うんですね。役者は目立っているから、そればかり見られてしまうんです(笑)。だけど私たちは、一人ひとりの夢を抱えてあげないといけないので、それは本当に大変な仕事だと思います。

『ある女優の不在』
監督・脚本:ジャファル・パナヒ
出演:ベーナズ・ジャファリ、ジャファル・パナヒ、マルズィエ・レザイ
2018年/イラン/ペルシャ語・トルコ語/カラー/ビスタ/5.1ch/100分/原題:3FACES
配給:キノフィルムズ
公式サイト

ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次公開中

吉田晴妃
四国生まれ東京育ち。大学は卒業したけれど英語と映画は勉強中。映画を観ているときの、未知の場所に行ったような感じが好きです。